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らいん〜YOSHINO
二時間目の授業中。
古文のじーさんの講釈なんて、みんな聞いちゃいない。
こんな時に、決まって入ってくるライン。俺は悪びれずにスマホを取り出して、画面をタップした。
やっぱり、な。
誰のかわからないID。
DAUKS。
内容は、いつも決まっている。
『ヤラセロ』
俺はため息をつきながら、いつもの返信をする。
『イヤダ』
二年に進級してから、ずっとやってくるメッセージ。誰のものなのか、まったく謎だ。
参加しているグループチャットのどれにも、そのIDは見当たらない。
それなのに、気がついたら友だち追加されていた。アイコン画像もないから、コイツが男か女かすらもわからない。
でも、いつも送られてくる四文字の言葉から、なんとなく野郎なんじゃねーかなとは思っていた。
しかし、まあ……。
よりによって、『ヤラセロ』ですか……。
最初は、俺のIDを誰かと間違えて送ってきたのかと思ってた。
でも、そのメッセージは決まって俺が退屈している時に入ってくる。
ブロックしてもよかったけど、それもなんかめんどくさい。
毎日、何回もやってくれば別だけど、不思議とそれは微妙なタイミングを図って、しつこいっていうほどでもない。
だから、気が向いた時につい返信するようになっていた。
といっても、お断りの言葉だけどな。
でも、時々ふと思う。
いったい、DAUKSってどんなやつなんだろ。
相手である俺が、男だとわかって送信してんのか。それとも、女と勘違いしたまま送信してんのか。
まあ、俺のIDはYOSINOだし。
日本語で登録している名前も、ひらがなで『よしの』。
それだけだと、苗字なのか名前なのかわかんないだろうし、男か女かもわからないだろう。
アイコンだって、自撮りとかじゃなくて、子猫の写真だし。
DAUKSのことでわかってること。
明確な欲望を突きつけてきてること。
俺が退屈しているタイミングを逃さないこと。
それ以外は、まったくわかんねー。
わかるわけねーよな。
『ヤラセロ』しか打ってないんだもんな。
古文のじーさんの退屈な話は、ダラダラ続いている。この内容も、イミフでまったくわかんねー。
だって、みんなしゃべっていたり、寝てたりして聞いてないもんな。
俺だって、そのひとり。教科書の上に買ったばかりのマンガの単行本を重ねて読んでいる。
返信したあと、その存在を忘れていた頃にまたきた。
珍しい。
今まで、こんなことなかったのに。
なんとなく、面白くなってスマホをタップする。内容は、ちょっといつもと違ってた。
『イヤでもヤラセロ』
おいおい。
珍しくすぐ返事が来たと思ったら、コレだよ……。
イヤダって返信したのに。なんですか、この上から目線な文章は?
なんかムカついて、つい即返してしまった。
『イヤなもんはイヤだ』
タップして、3分後。
またまたリプがきた。思わずしかめっ面になりながら、画面を凝視する。
内容は──。
『絶対ヤラセロ。
てか、ヤる』
な──なんじゃ、こりゃあ!?
とうとう宣言っすか?! 予告っすか?!
ヤるって──ヤるって?
え? つまり、やっぱり───俺、突っ込まれちゃうわけ?
いわゆる、ケツの穴に? アナルと呼ばれるとこに???
いや、あそこは出すとこで、いれるとこじゃねーから!
ヤるって、宣言してんだから、俺はヤられちゃうわけだよな?
……冗談じゃねーっつの!
キレてしまった俺は、つい返信してしまった。
『ヤれるなら、ヤってみろ! ヤらせるかよ!』
送信してから、俺はすぐに激しく後悔した。
しまった。
これってさあ……相手を挑発したことになんのかなあ。
古文のじーさんの朗読が、お経に聞こえてきて、一気にヘコんでしまった。
でも、もしかしたら。もしかしたらだよ?
YOSINO=俺だと本当の本当にわかんないで、送ってきてんのかもしんない。
しかも、DAUKSが学校にいるヤツだとは限らない。そうだよな! な?
そう! もしかしたら、すっげー遠くに住んでて、そっから送ってきたりして!
身に迫る危険から逃避したくて、なんとか楽観的に考えるんだけど。でも、どうしても不安感を拭いきれなかった。
さらに5分後──。
ぶうん、とスマホが短く震えた。
まさか……。
いやいや、ツレからって可能性もある。
俺は、おそるおそる画面を見てみる。
うわぁ……。
俺は、その言葉を見て内心で思わずそう呟いていた。
返事は、いたってシンプルかつダイレクト。
『ヤってやる』
うーん……神様。
俺がいったい何をしたというんでせう?
ヤバくねー? ヤバいよな……。
なんか、逃げ出したくなってきた。尻のあたりが、なんかむずがゆい。
うん。
とりあえず、逃げるか?
「せんせー」
俺は、大声で手をあげた。
だって、古文のじーさん耳遠いんだよな。何回か呼んだら、漸くじーさんが俺を見る。
「なんだ、質問か?」
「あのさ~。俺、すっげー腹痛いんだけど」
「あ?大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない」
「じゃあ、保健室に行くかね?」
「行きます、行きます」
けっ。誰が保健室なんか行くもんか。このまま、帰るつもり満々だもんね。
ところが、じーさん。抜け目がない。
「それじゃ、クラス委員……」
じーさんに指名されて、クラス委員の楠田がはい、と立ち上がった。
げ!?
「キミ、悪いけど彼を保健室まで連れて行きなさい」
「はい」
楠田が頷いて、俺の方を振り返った。
「じゃあ、吉野君。行こうか」
楠田が俺に柔和な笑顔で促した。
俺は黙ったまま、ヤツを睨みつける。
察してはくれない優等生様は、不思議そうな表情で俺を見つめ返す。
「どうした? もしかして、けっこうヤバい?」
「いや、別に……」
「そう。じゃ、行こうか」
ジェントルマンよろしく、楠田が俺の肩に腕を回して、優しく立ち上がらせた。
「それでは、先生。吉野くんを保健室に連れていきます」
「うむ。頼んだ」
周りの女子が「楠田君、やっさし~」と黄色い声をあげる。
俺は仏頂面のまま、楠田に促されて教室を出た。
はっきりいって、クラス委員の楠田は苦手だ。
まず、女子のみなさんにモテるくらいの顔の造りいいのが苦手。
それに、真面目そーな雰囲気が苦手。
見かけの期待を裏切らず、頭がいいとこが苦手。
俺よか、 十センチ背が高いのも苦手。
つまり、ヤツの存在自体が苦手なんだよな。微妙に他人のコンプレックスを刺激するところがさ。
見かけだけなら、俺だって負けてないと思う。
背だって、楠田がムダにでかいだけで、俺も百七十センチ以上はある。けっしてチビじゃない。
頭は……そりゃ悪いけと。
でもでも! 顔もブサメンではない。
どちらかというと、イケメンといえるんじゃねーかな。女子からカッコ可愛いとか言われてるしな。
意味ワカンネーけど。
教室を出た途端、さっきまでのジェントルマンな態度とは裏腹に、具合が悪いはずの俺を置いて、楠田はスタスタと廊下を歩きはじめた。
あのなー……。
一応(仮病だけど)病人なんだから「大丈夫?」の一言くらいあってもいーんじゃねーの?
それとも、あれか?
あの紳士的な優しさは、見せかけのフェイクってか?
そんなにサッサと歩いちゃってさ。俺がマジ病人だったら、ついて行けねーっつうの!
楠田は、長い歩幅でスタスタ歩いていく。しかたなく、俺も遅れないようにヤツの後をついて行く。
でも……でもよ……。
保健室って、こっちだったっけ?
「楠田、ちょっと待てよ」
渡り廊下に出たところで、俺は楠田を呼び止めた。
ゆっくりとヤツが振り返る。
端正な顔が、無表情で俺を見つめていた。
「なあ、保健室ってそっちじゃねーんじゃねえ?」
俺の指摘に、楠田は眉ひとつ動かさない。
なんだ? コイツ。道間違えてんのに、無反応かよ。
「なあ」
もう一度呼びかけて、俺はギクッとする。
楠田は、笑っていた。
いつも女子のみなさんがキャーキャー言うような、爽やかな笑顔じゃなくて。
思わず背中が寒くなりそうな、不気味なやつ。
「くす……だ?」
おそるおそる呼びかけると、楠田はいきなり俺の手首を掴んだ。
とっさに振り払おうとしたけど、かなりの力で掴まれて、引き寄せられた。つんのめって、楠田の胸にぶつかってしまう。
そして、そのままがっちりと背中に楠田の腕が回ってホールドされた。いくらもがいても、ビクともしない。
おいおい!
いったい、こんな優男のどこにこんな力があんだよ。てか、なんで楠田がこんなことしてるわけ?!
なんか、なんか……コレ。抱きしめられてるみてーじゃん!
じゃなくて!
抱きしめられてんだよ、俺!
軽くパニクっていた俺の耳元に、楠田の形のいい唇が近づいた。そして──。
そして、ヤツは言ったんだ。
俺の耳元で、尾てい骨に響くようなすんげー低い声で、あのひとことを。
「ヤラセロ」
俺の全身が、そのひとことでフリーズした。そんな俺に、楠田は噛みつくようなキスをしやがった。
そのベロテクに、俺はすっかり腰砕けになっていく。
すっかり腑抜けになった俺を肩に担いで、ヤツは鼻歌を口ずさみながら、ラインで宣言したコトを実行するために、渡り廊下をスタスタと歩いていった。
らいん~YOSINO~
END
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