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第5話
チョークの暴力から俺を庇ってくれた月形は、思いのほか感じのいい男にみえる。
そう、初対面の相手として印象は悪くないんだ。
処女を売りに出していることを除けば案外普通だし、頭も悪くなさそうだし。
こいつはもし友達になっても、無駄にこっちをイライラさせるタイプじゃないと思う。
無害な存在だ。
そんなこいつが、たかが部員確保のために誰かに尻を差し出すなら。
なんていうか、同情すべき事態なのかもしれない。
その切実さを思えば、俺も何かしてやりたいと思わなくもなかった。
どうせ暇だし。
「お前さ、もっと自分を大切にしろよ」
少しの沈黙のあと、俺の口から出たのはそんな言葉だった。
セルフレームのラインに沿っていた月形の眉が、ぴくりと反応する。
「僕はそれなりに、自分を大切にしているつもりだけど」
「だったらあのビラは……」
「入部試験の採点をするのは僕なんだ。僕が認めた人間しか、部員にはなれない」
つまり処女を差し出す相手についても、選ぶのはこいつ自身だと、そういうことらしい。
「だとしてもさ……」
細い腰を目で追って、なんだか胸が痛い。
「新しく入れる部員は1人でいいわけ? だったら俺が……」
俺が入れば、こいつは誰にもその身を差し出さすに済むのかもしれない。
そんな考えで申し出る俺に、月形は冷ややかなため息で応じた。
「泉くん」
「なんだよ?」
「キミのは70点だ」
2枚の答案を広げて見て、指でトントンと叩かれる。
「……!? なんだと」
自分でも百点満点だとは思っていなかったが、70点は不本意だった。
「これのどこがいけないんだ!」
「書いてることは間違ってないけど、正直、面白くない」
「面白く、ない?」
言われた言葉を繰り返し、俺は思わず頭を抱える。
「あのなあ。面白さを求めるなら早く言ってくれよ! そういう方向で書くことだってできたんだ」
「この方向で書くにしてもさ。例を上げるなり先行研究に触れるなりして、もっと説得力のあるものにすることはできただろう。あと15分もあったのに、もったいない」
そういわれてみると、月形の言うことはもっともだった。
俺は遊び半分でこの問いに挑んでいて、真剣さが足りなかった。
他にも書きようはあったのに、それを比較検討しようともしなかった。
完敗だ。
俺には、こいつの尻に触れる資格もないらしい。
いや、資格の話だ。
実際に触りたいとは思ってないからな!? そこ誤解すんな!
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