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脱走
足がもつれそうになりながらも、息を切らして必死で逃げる。
段々と距離が詰まってくる。相手は犬だ。俺より断然足が速い。
大声で叫ぶ犬男の迫り来る息遣いを背後に感じながら、人混みを掻い潜り、それでも残る全ての体力を振り絞り、走る。
「この役立たずがっ!!」
バッシーーーン
「ぐうっ」
追いつかれて腕を掴まれ、罵りの言葉とともに思い切り右頬を殴られて、強かに地面に叩きつけられた。
背中から落ちたせいか、瞬間息が止まる。
…ぐっ………はっ、はっ…
口の中が切れたのだろう、血の味がする。
人通りで賑わっていた大通りは、瞬時に人の波が止まり、何事かと 俺達を遠巻きにして取り囲んでいた。
あちこちから興味津々の視線と、揶揄の言葉が飛んできた。
(こんな所で…一体何?)
(あんな子供に何をしてるの?警察は!?)
(あの首輪…あそこのΩじゃないか!)
(何だ、Ωか。どうせ飼い主の躾だろ?)
(別の所でやればいいのに)
(さ、行こう!あんなのに構ってられない)
何事のなかったかのように、人々が動き出した。
「さっさと立て!この愚図っ!
…今度逃げようとしやがったら命はないぞ。」
今度はお腹を蹴られ、背中を丸めて蹲った。
それでも、痛みを堪えながらも、やっとのことでのろのろと起き上がり、追い立てられるようにして館への道を連れ戻される。
あと、あと少しだったのに。
あと少しで逃げられたのに。
どうしよう。俺はあの場所に行けなくなった。
ため息をつきながら右手でそっと首を撫でると、冷たい金属に触れた。
男娼の印の黒い首輪。
一般のΩは使わない、忌み嫌われる黒い首輪。
そこには館の名前が刻印されている。
『La Vie en Rose』
どこが“バラ色の人生”なのか。
ここは、バラ色どころか真っ暗闇の地獄じゃないか。
連れ戻される俺には、罰が待っている………
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