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侯爵家のパーティーにて
乳白色の大理石のダンスホールを滑るように歩く人達。
真っ白なレースのドレス、真っ黒な燕尾服、扇の合間に囁かれる秘め事。
注がれる真っ赤なワイン、弾けるシャンパンの気泡、グラスとグラスがキスする音。
(パーティーって……退屈)
社交界に出て、約八年。パーティーに出る度に同じような行為の繰り返しにつくづく嫌気がさす。
豪華な料理、お酒、噂話。
うんざりしてしまう。
こんな場所にいるくらいなら、屋敷で本でも読んでいた方がマシだなと思う。
ぼんやりと壁の花を決め込みながら、貴族達の様子を静かに見守っていると、急にざわざわと色めきだった。
「彼はソロニア卿の……」
「ソニア様だ」
「美しい……肌はまるで真珠のようだ」
「瞳もエメラルドのようだな」
貴公子たちが生唾を飲みながら、一人の美しい青年を見つめている。
その青年は、グレーの燕尾服を着込んだ人物の太い腕に自分の細い腕を絡めている。
青年の隣にいるのは、艶のある灰色の毛なみに鳶色の目をした「狼」。
パーティー会場の入口で召使いが、その狼からシルクハットとコートを恭しく受け取る。
(相変わらず、狼と美男子って目立つな)
ソニアと呼ばれた青年は艶のある黒髪を肩まで垂らし、金糸の刺繍をされた美しい白いスーツに身を包んでいる。
体の線が分かるようなピッチリとしたスーツで、足や腰の細さが見て取れる。
男性と思えぬ曲線美に貴公子たちは釘付けになっているようだった。
その隣で静かに周りを見渡しているのは、ソニアの育ての父、ガロン=ソロニア公爵。
彼は獣人と呼ばれる種族で、最も高貴な生き物とされる「狼」の獣人だ。
特にガロン=ソロニア公爵は王族からの信頼も厚い為か気安く誰も話しかけようとしない。
ソニアに話しかけたいのに、話しかけられない独身貴公子、いや既婚の貴公子達もソニアをチラチラ見ながらも近寄っても良いものか迷っている。そんな空気が感じ取れた。
「ソニア、皆様に挨拶してきなさい。私はサロンでクロード侯爵に挨拶してくる」
ソロニア卿がソニアにそう耳打ちすると、ソニアはそっと巻き付けていた自分の腕を解き、静かに頷いた。
「11時になったら、迎えが来る。私が来るまで、貴公子たちとお話ししていなさい。今回はダンスも踊っても良い。……今回のパーティーは王子達も参加されているようだ。私の言いたいことが分かるね?」
ソニアはその耳打ちにまた静かに頷いた。
ソロニア卿が談話室の方へ行こうと歩き出すと、先程まで談笑していた貴族達がさっと避けて、道が出来上がっていた。
一人になったソニアは、あっという間に獣人や人間の貴公子たちに囲まれてしまった。
一人一人に丁寧に挨拶をしていると、ソニアは壁の花を決め込んでいた青年と目が合った。
ソニアはごめんなさいと断りながら、その青年の方までやってくる。
(げ、来た)
青年は心の中で悪態をつく。
「クロエ!」
嬉しそうな顔をしてやってきたソニアに、来るなとも言えず、弱々しく微笑みかけた。
「……ソニア、久しぶり。相変わらず、すごい人気だ」
「お父様の影響力がすごいだけで、僕は何も……。クロエは他の方々とはお話ししないの?」
「話しかけたって相手にされない。ソニアみたいに美人じゃないから」
クロエは自分の両手の甲を思わず見る。
浅黒い褐色の肌、後ろに束ねた髪は銀というには艶のない白い髪、榛 色の三白眼。
絶世の美人と称されるソニアとは正反対だ。
「僕はクロエのこと素敵だと思うよ。心に一本、強い芯があって……嫌なことは嫌ってはっきり言えるところとか羨ましい」
「ソニア、もしかしてソロニア公爵のこと嫌い?」
「え!?嫌いだなんて……とんでもないよ。寧ろ、お父様のことをとても尊敬してる」
「ふーん。俺は自分の父親なんて尊敬できないけど」
クロエが悪態をつくと、ソニアは慌てたように彼の口を両手で塞いだ。
「『俺』って言っちゃダメ!それにディートリヒ伯爵のこと、そんな風に言うのは良くないよ!僕達は近い将来『ヴィーナス』になるんだから、誰かに聞かれでもしたら……」
『ヴィーナス』という言葉にクロエは嫌気がさし、ダンスホールから二階のバルコニーに続く階段を駆け上がる。
「誰も聞いてないから大丈夫だよ。ソニアはもう戻った方がいいんじゃない?後ろで野獣たちが並んでるよ?」
振り向きざま、ソニアに舌を出して、少し意地悪を言った。
ソニアはクロエにそんな態度を取られても怒らないが、唯一の友達の反抗期が心配だった。
「クロエ……!」
呼び止めようとするも、後ろで様子を伺っていた虎の獣人にダンスを申し込まれ、行く手を阻まれてしまった。
『ダンスをしても構わない』というソロニア卿の言葉を思い出し、表面上は笑顔を取り繕いながら、心の中では渋々、その虎の貴公子の手を取った。
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