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バルコニーの出会い

クロエは二階のバルコニーまで上がると、赤い天鵞絨のカーテンの裏に隠れて座り込んだ。 すっかり帳の降りた空に点々と光り輝く星が見える。 (『ヴィーナス』か……) 頭の中で反芻されるその言葉の重みが、今になって分かる。 クロエは膝を抱えて床に座り込んだ。 スーツが汚れても別に構わない。こんな物、自分には縁のないものだったから。 しばらく、じっと座り込んでいると、誰かが後ろに立った気配がした。 慌てて後ろを振り向くと大きなホワイトライオンが立っていた。 「あ?先客か?」 チッと舌打ちを打ったが、その後ろから「レオ様~!どこですか?!」という甲高い声が聞こえ、慌てたようにカーテンの裏に入ってきた。 「ちょっ……あんた、何なんだよ!」 クロエが抗議するも、口を白い毛で覆われた手で塞がれる。 パタパタと後ろの方で走る音が聞こえ、だんだんその音が遠のいていく。 背中に密着していたホワイトライオンの獣人は、ふぅ……とため息をついたのをクロエは感じた。 「悪かったな」 大きな手が口元から離れると、クロエは睨みつけた。 「何なんだよ、あんた」 「へー。あんたなんて言われるの初めてだな」 片方の口角をニヤリと上げる。 「追われてたんだ。しばらくここに居させろよ」 不審に思いながらも有無を言わせない雰囲気があり、仕方なく一緒にいることにした。 「あんた、貴族じゃないの?パーティーでは人脈作りが大切なんだろ?」 ホワイトライオンなんて貴重な獣人、絶対に貴族でも上の方の人だと思う。 それなのに、こんな所で油を売るような真似をして変な奴だとクロエは思った。 「別に人脈なんか作らなくても構わない。つまらない奴らばかりだし、家で本でも読んでた方がマシだ」 ふんと鼻を鳴らすように言い放つ彼に、他の貴族とは違うものを感じてしまう。 「俺もさっき、そんな事考えてた」 「……ふーん。もしかしたら、俺たち結構気が合うかもな。お前、名前は?」 「クロエ。あんたは?」 「……レオ。言っとくけど、様付けとかいらねぇからな」 「付けるつもりないし」 クロエは唇を尖らせながらそう言うと、レオはくっくっと笑った。 「お前、面白いな。貴族とは思えない」 「その言葉、そのまま返す。それに、俺は元々貴族じゃないしな」 「貴族じゃない?どういう事だ?」 「……俺は元々孤児で、今はヴィーナスとして育てられてる」 「ヴィーナス……特別なオメガのことか……」 やっぱり貴族にとって『ヴィーナス』というオメガは特別らしい。 今まで会った貴族とは違うレオに何となく親近感を覚え、話をし始めた。 ―――― 人間と獣人の世界、オフィリア帝国。 そして、アルファ、ベータ、オメガという三種類の性別が存在する。 この貴族社会の殆どがアルファという性別の人達が支配している。 ベータは一般階級の性別、オメガは優秀なアルファを産む者として珍重される一方、数も少なく力も弱いため、差別の対象となりやすい性別でもあった。 そして、俺、クロエは差別の対象となるオメガ。 母親がオメガで、父親はベータ。 オメガは差別の対象だから、あまり周りに言ってはいけないと言いつけられていた。 そんな両親も既に他界してて、七歳だった俺は日雇いの仕事をして、その日暮らしをする毎日。 近くの教会の一室を借りて、寝泊まりをしていて、たまに教会のフリーマーケットの手伝いや祭りの手伝いをしていた。 あいつとの出会いは、雪がちらつく真冬の日だった。 その日は祝福節という祝日で、教会では暖かい野菜のシチューを浮浪者や低賃金労働者に配っていた。 俺もアルミの皿を受け取って、順番にシチューを貰い、教会の裏の石段に腰を下ろして食べようと口を開けた時、手から皿を奪われてしまった。 奪ってきたのは、三人の人間の大人。 ニヤニヤと笑いながら、シチューの皿を高々と上げている。 「何すんだよ!!」 「このシチュー、俺らが貰ったものより具が少し多いんじゃねぇか?」 「そんなのみんな一緒だろ!返せ!俺のだ!!」 一人の大人の腰にしがみつくも、小さな体ではすぐに払いのけられてしまう。 地面に振り落とされると、頭を足で踏まれる。 「ガキが大人に喧嘩売ってんじゃねぇ!」 お前達が先に売ってきたんだろ!と言い返したかったけど、力でねじ伏せられた俺には唸ることしかできなかった。 大人なら何してもいいのかよ。 そんな理不尽なことあってたまるか! 心の中でそう叫んでいると、ふいに頭が軽くなった。 「子ども相手に何をしている」 ハリのある低い声が冬の空気に触れ、ピンと張った糸のような緊張感が辺りに広がる。 「あぁ……いや、このガキが喧嘩を売ってきて……その」 「おい、獣人だ」 「もう行こうぜ……」 三人の大人は声の主を見て、そそくさと逃げてしまった。 「大丈夫か」 差し伸べられた手は人間の手をしていたが毛で覆われている。 俺は思わず、手を握るのを躊躇してしまった。 ゆっくり上を見ると、シルクハットを被った豹のような頭をした男が俺の目の前にいた。 「ひっ……!」 眼光の鋭さに思わず悲鳴をあげ、気を失った。 俺はこの時初めて獣人という生き物を見たのだ。

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