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シャワーの使い方
目が覚めた時、俺は大きなベッドの上に寝かされていた。
いつも寝起きしている殺風景な教会の一室とは違い、アンティークの花瓶やランプなどが飾られている。
「ここ、どこだろ……」
辺りを見回していると、トントントンとドアを三回ノックされた。
失礼しますと少し高めの少年のような声が聞こえ、部屋の中に入ってきた。
体は小さく、大きなふさふさとした尻尾が見え、クリっとした大きな目が可愛らしい。
「リス?」
「ああ!お目覚めになられたのですね!良かったです。急にご主人様が貴方様を連れてこられた時はどうしたものかとびっくりして。もしかしたら、またヴィーナス様をお育てになるのかなぁとか養子にされるのかなぁ?とか色々考えてしまいました……でもでも、貴方様がお目覚めになるまでは静かに休ませてあげなさいと言われたので、マールは静かに待っていたのです!マールは喋ると止まらないから、びっくりされるとそう言われてしまって……リス族は確かにお喋りが多い種族なんですけど、私はそんなにお喋りではないと思うんですよね。どちらかというと寡黙な方で……」
うう……初対面だけど、マールは絶対に寡黙じゃないと思う。
俺が少し引いていると、後ろから咳払いが聞こえた。
「マール、それくらいにしなさい。その子が引いている」
「あ!ごめんなさい……久しぶりのお客様に浮かれてしまいました……」
しゅんと大きな尻尾を垂らした。
さっきまで上向きになっていた頬袋もしょぼんとしている。
かわいい。
「湯の用意ができている。入ってきなさい」
「湯?」
「風呂のことだ。……まさか、入ったことないとは言い出さないだろうな」
「風呂くらい入ったことある!」
バカにしたように言われたので、思わず強がってしまったけど、実は一週間に一度しか体を洗わない。
教会にある共同浴場は一週間に一度しか開かないためだ。
浴室に入ると花柄のタイルが貼られた床の上に、猫のような足で支えられた真っ白な陶器の湯船が鎮座していた。
ちょんとお湯の中に指を入れてみると、ホカホカとしたお湯が張られている。その湯船の横には金色のシャワーが華奢な一本足で立っている。
シャワーなんて高価なもの、使ったことがない。
教会は湯船だけだったから、桶でお湯を組んで頭からざばっとかけて終わっていたし、石鹸で髪も体を洗っていたから、こんな液体石鹸も使ったことがなかった。
けれど、あんな強がりを言ってしまったので、助けも呼ぶに呼べない。
とりあえず、湯船に入ろうとすると浴室の外から、「おい」と声をかけられた。
「な、何……?」
「タオルを置いておく。洗い終わったら、拭くのに使いなさい」
「あ、ありがとう……」
こういうお世話って使用人の人がしてくれるんじゃないのかな?
「シャワーの使い方は分かるか?」
「……このハンドルを回したらいいんだろ?」
シャワーの下の方に取り付けられたハンドルを見つけ、半ば当てずっぽうにそのハンドルを回す。
「そうだ。冷たい水が出るから気をつけて……」
気をつけて使うんだぞという言葉を聞くか聞かないかする内に冷水が俺の頭上に降り注いだ。
俺は思わず、「ひゃあ……!」なんて大声を上げてしまった。
「おい!どうした!?」
慌てて浴室に飛び込んできた主人が頭から水を被っている俺を見て、ため息をついた。
キュッキュッとシャワーを止めると、着ていたジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖とズボンの裾を捲りあげ、俺の体を抱き上げた。
「ちょ……!何すんだよ!」
「何って、風呂に入れるんだ。大人しくしてなさい」
「こ、子ども扱いするな!」
「お前はまだ子どもだ。シャワーもまともに使えないくせに」
ぐうの音も出ない。
湯船に大人しく浸けられると、暖かく調整されたシャワーをかけられる。ディスペンサーから押し出された液体石鹸を取り出し、泡立てたそれを俺の頭に擦り付けた。
ほわんとした花の香りが浴室に充満して、癒される。
「混じり気のない美しい白髪だが、パサついているな……」
ぼそぼそと何かを呟いているが、当時の俺は何を言っているのかよく分からなかった。
「体を洗うぞ」
毛で覆われた手に甘い香りのするボディーソープを手に取り、泡立て、俺の体を手で洗う。
思った以上に柔らかい手で洗われているからか、すごく擽ったい。
「あ……っ、く、擽ったい……!脇とかやめて……」
「こら、ちゃんと隅々まで洗わないと汚れが落ちないだろう。全く世話のやける子どもだ」
文句を言いながらも、体を洗う館の主人。
すごく世話焼きな貴族だ。
シャワーの加減も強くなく、優しい。
「褐色の肌か……香油を塗って、艶を出せば美しくなるか……それにしても」
主人が鼻をヒクヒクとさせながら、俺の体を嗅ぐ。
まだ臭うのかな。
「な、何……?」
「お前、もしかして……」
さっきからぶつぶつと独り言が激しいことを言いながら、優しく体を洗ってくれている。
言葉はぶっきらぼうだけど、いい人なのかもしれない。
それが、館の主人、ジャン=ディートリヒ伯爵の第一印象だった。
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