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もう離さない
屋敷に着くと、マールは驚いた様子でオロオロとしていたが、ジャンが「今日は休みなさい」と告げると、しょぼんも肩を落として部屋に戻って行った。
「クロエ、尻を見せなさい」
「え!?」
あまりにストレートに言い方に思わず大声をあげてしまう。
「怪我をしていないか見るだけだ。こちらに尻を向けなさい」
かなり恥ずかしかったが、ベッドにうつ伏せになり、お尻を突き出すような姿勢になった。
「やはり切れているな……」と言いながら、ジャンは薬箱から傷薬の軟膏を取り出し、クロエのお尻に塗った。
その軟膏が冷たくて、思わず声が出てしまう。
まだ体が熱く疼いている。
「誘発剤を飲まされたのか。フェロモンの匂いがする」
フェロモンが出ているのに、相変わらず顔色一つ変えずに淡々と薬を塗るジャンに、クロエはまた悲しくなった。
アルファの中にはオメガのフェロモンが効かないものがいると本に書いてあるのを思い出した。
それは、本能的に相性が合わないのだと。
「……ジャンは、俺のこと嫌い?」
「どういう思考回路でそんな考えに至るのか、さっぱり分からない」
「だって、オメガのフェロモンが効かないアルファなんて……」
その言葉を聞いて、ジャンはピタリと動きを止めた。
一言「なるほどな」とため息をついた。
その様子にクロエは不安になったが、ジャンは急にクロエを仰向けにさせて、キスをしてきた。
さっきリオンにされたような口の中を犯すような少し乱暴なキスだったが、全く嫌悪感を感じなかった。
むしろ、もっと、もっと深くしてほしいとさえ思う。
「私は今まで育ててきた子達にこんなことはしたことない」
「へ……?それってどういう……」
「行間を読みなさい」
「それって、好きって……こと?」
「そういうことだ」
ジャンは照れ隠しなのか、くしゃりとクロエの髪を撫でた。
「それから言ってなかったが……、私はアルファじゃない。ベータだ」
「え!?ベータ!?」
ヘルマンは例外的にオメガの貴族なのは知っていたけど、まさかジャンがベータなんて……あんなに賢くて、強いのにアルファじゃないなんて。
「お前、今、失礼なこと思っているだろう」
「いや……アルファじゃない貴族なんているんだと思って……」
「ベータだと知ると、私より爵位の低いアルファにもバカにされるのでな。言わないようにしていた。……そういう点ではお前と一緒だな」
ふっと笑うジャンの横顔は優しくて、クロエは思わず横から抱きついた。
いつもだったら、はしたないと怒られるところだが、想いが通じ合った今は、何も怒られない。
「ところで、養子の件だが……お前との親子関係は解消しようと思う」
幸せムードが一転、奈落の底に突き落とされる。
やはり、貴族とただのオメガじゃダメなのだろうか。
放り出されてしまうのだろうか。
「また良からぬことを想像しているな?親子がこのような恋愛関係になるのはいけないと言っているのだ。だから、これにサインしなさい」
ひらりと見せられたのは、『Marriage』と書かれた紙。
「これ!もしかして……」
「早くサインしなさい。気が変わっても困る」
渡された羽根ペンでゆっくり丁寧に自分の名前を記入する。
「クロエ、お前はオメガだ。ベータの私にはお前のフェロモンは効かないが、私はそんなものがなくてもクロエが好きだ。今回、お前を失ってしまった怖さでそれが分かった」
「ジャン……俺も、大好き……ずっとずっと……」
親子の抱擁じゃない。
これはきっとそれ以上の絆だ。
もう、絶対に離れない。
終
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