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第2話

 世の中には第二の性がある。  見目華やかで高い知性を持つα(アルファ)、平均的で人口が一番多いβ(ベータ)、そして男女共に妊娠のできるΩ(オメガ)。しかしΩは社会的地位も低く、まともな職につくこともできない。  蓮はΩだったが表向きはαとして生きている。幸い身長は180と高く、目鼻立ちがはっきりとしていて、、見目麗しいと言われる顔をしていた。身体もしっかりとしていたし、Ωに間違われることはまず無かった。知っていたのは蓮のいた孤児院のシスターたちだけだった。周りには内緒で便宜を図ってくれたし、幸い国から補助が出て抑制剤を貰うこともできていた。だが18になって孤児院を出なければならなくなった。当然抑制剤も自分で手に入れなければならなくなる。高校卒業でできる仕事は限られていたし、Ωであることを隠すためにはより強い抑制剤が必要だった。それは高額で少ない賃金でやりくりできるものではなく、蓮は迷わず水商売に進むことを決心した。  仕事を探していたある寒い夜のことだった。運悪く路上で初めての発情期を迎えてしまった。周囲は蓮の放つ甘い香りにざわめき、離れようにも足がふらついてどうにもならなかった。そこに現れたのがアレックスだ。  ──アヌビス。  アレックスを見た瞬間、昔、本で見たことのあるエジプトの神の名が浮かんだ。漆黒の毛に金色の瞳。雄々しい体躯で長い耳を持つ冥界を司る神。そして彼は獣人のαだった。特に希少種で蓮も初めて見たのだ。  ここで倒れて死ぬのか。そう思った瞬間、アレックスの太い腕が蓮を抱き上げた。 「家はどこだ?」 「……家は……ない」 「そうか」  アレックスは黒塗りの自分の車まで蓮を連れていってくれ、乗せてくれた。そして蓮が今まで見たこともない豪奢なマンションへと入り、自分の部屋へ連れて行った。 「抑制剤はないのか?」 「そんな金、ないよ」 「そうか」  意思の読めない金色の瞳が少しだけ緩む。こんな得体の知れない男を拾ってどうしていいかわからないのだろう。しかも発情期。普通の男ならばどうしなければならないかなどわかっているはず。疼く尻からは愛液が垂れ、ジーンズに染みだしているのが自分でもわかる。だが、蓮はセックスの経験がなかった。怖くて、熱くて、震えて泣き出しそうになるのを必死にベッドの上で堪えた。 「……誰か、決まった相手はいないのか?」  人前で最初の発情期を迎え、決まった相手もなにもあるものか、と蓮は毒づきたいのを抑え、首を横に振る。早く咥えたい。心は嫌がっても身体はそう言っている。蓮は癇癪を起こして身体を折り曲げて声にならない悲鳴を上げた。 「どうしても我慢できそうにないか」  最初の発情期がこんなにつらいものだとは知らなかった。暴力的で切なくて、どうしようもない。涙を流して暴れる蓮にその獣人はそっと腕を伸ばした。 「私なら妊娠する心配もあまりない。おいで」 「…………!」  獣人とセックスするなど考えたこともない。恐れと不安で蓮は縮こまる。それでも身体は男を欲しがっている。 「……助けて……」  自然と口から零れ出た言葉に応えるように、アレックスと名乗るその男は蓮を優しく抱いた。  初めてのセックスに蓮は戸惑った。だがアレックスの慈しむような愛撫が全身に染みついて頭から離れなかった。その後、アレックスは自分の経営するホストクラブに蓮を在籍させてくれ、住まいも与えてくれた。見習い期間にも関わらず十分な金をくれたし、蓮の身体を気遣うことも忘れなかった。  気がついた時には好きになっていた。死にそうになっているのを助けてくれた人を好きになるのは至極当たり前のことに思えた。それは依存ではなくて、明確な好意。アレックスに恋情を抱くようになって、蓮はふと考えることがあった。アレックスがαだということは身なりを見てすぐにわかった。だがなぜΩの発情に平然としていられたのだろう。αなら目の色を変えて蓮を見る。なのにアレックスは我を忘れてうなじを噛むようなことはしなかった。なにかが変だ。その時、蓮はひとつ上の先輩の瞬から聞いたのだった。アレックスには魂の番がいるということを。

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