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光射す午後に10
「大丈夫かい?樹くん」
マンションの一室で、カウチに座り膝を抱えて、樹はぼんやりしていた。部屋に月城が入ってきたのは分かっていたが、顔をあげる気力がなかった。
穏やかに声をかけられて、樹はようやくのろのろと顔をあげた。
「ん……。大丈夫」
「とてもそうは見えないな。……会えたんだね?彼に」
樹は月城から目を逸らした。いつも自分のことを気遣ってくれる優しい人だが、今は心の中を覗き込まれたくない。
「会えた。元気そうだった……にいさん」
「会うならもっと、別の機会を作ったのに」
「いい。あの方が、いろいろ話さなくて済む」
月城はゆっくりと近づいてくると、静かに肩に手を置いた。
「そんなに塞ぎ込むなら、吐き出した方がいい。我慢すればまた、辛くなるよ」
樹は答えずに、抱え込んだ自分の足の先をじっと見つめた。
「どうしてエミリアを連れて行ったの?彼にわざと見せる為かい?」
「そうじゃない。……や……そうかも。その方が、いいと思ったから。ミアのことは、婚約者って言っといた」
樹がボソッと呟くと、月城はその場に膝をついた。
「薫さんは、ショックだっただろうね」
「ん……。すごい、驚いてた」
「ね、樹くん。彼はまだ君のことを、」
「ミアが望むなら、僕はそれでもいいと思ってる。あの子は僕と同じだ。人を愛することは出来ないから」
月城の言葉を、わざと遮った。
言われなくても分かってる。
薫の目がそう言っていた。あの人は、自分を、まだ忘れてはいない。
いっそのこと、忘れてくれていたらよかったのに。
7年前のあの日のように、冷たい眼差しを向けてくれたなら……。
自分の出生のことは、随分後になってから知ったのだ。知りたくはなかったけれど、叔父に抱かれてる最中に無理やり聞かされた。不意打ちの真実は、心の奥を鋭く射抜いた。兄があの時、何故、自分に別れを告げたのか、分かりすぎるほど分かってしまったから。
出逢わなければよかったと、今でも思う。
自分は子ども過ぎた。
そして兄は、優しすぎた。
知らないということは、時にものすごく残酷だ。自分の存在は、どれだけ兄を傷つけてしまっただろう。
あの頃には分からなかったことも、今なら分かる。
もしやり直せるのなら、自分は絶対に、兄に近づきはしない。
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