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光射す午後に11
「樹くん。おいで」
月城が両手を差し伸べてくれる。心がボロボロになっていたあの頃からよくやってくれたように。
樹は、身体を前のめりにして、月城の腕の中に寄りかかった。
温かい……人肌のぬくもりは。
これを嫌悪していた日々は、今はもう遠くセピア色の記憶になってきている。
心に寄り添うようにして、穏やかに静かに傍で見守ってくれていたこの男のおかげだ。
このまま、月城のことを好きになれたらいいのに。あの人のことなど忘れて、優しいぬくもりに包まれて、愛し愛されていられればいいのに。
ままならないものだ。自分の心なのに。
月城は、自分を愛してくれているのに。
「泣きたいなら、泣きなさい」
「月城さん。僕は……」
自分を包むように見つめる月城の目をじっと見つめ返した。
でも、昼間、ようやく会えたあの人の顔がちらつく。
「やっと、会えた。……にいさんに」
目にみるみる涙が溜まってきた。泣く気なんか、ないのに。
「そうだね。ようやく、会えたね」
「会っちゃいけないけど……でも……会えて……よかった……」
「君はもっと早く、彼に会うべきだったんだよ」
どんどん盛り上がっていく涙が、月城の優しい微笑みを歪ませていく。瞬きした瞬間、ひと筋零れ落ちた。
月城は腕を伸ばして、抱き寄せてくれた。その胸に顔を埋めて、樹はいく筋も涙を零した。
「会うつもり、なかった。もう2度と」
言葉が詰まる。まるで子どものようにしゃくりあげてしまった。
「いや。君は会うべきだったんだ」
月城がもう一度同じことを言う。樹は反論しなかった。今日、会ったからこそ分かる。たしかに自分は、薫に会うべきだったのだ。どうしても断ち切れない想いを諦める為に。あの日々をちゃんと過去のものにする為に。
静かに涙を流し続ける自分を、月城は黙って抱き締めていてくれた。
「ユウキくん……いや、和臣くんは」
涙が止まってしばらくしてから、樹はようやく顔をあげた。
「あの子なら、私が手配した県外の療養所に移したよ。この近くでは、彼らにすぐ見つかってしまうからね」
「治療の方は…?彼の薬は、抜ける?」
「すぐには無理だ。しばらくかかるだろうね。でも、君の時よりはだいぶマシだ」
樹は、ほっと安堵の吐息を漏らした。
「そう。ならよかった」
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