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光射す午後に15

「ね。戸締り、ちゃんとしてね」 「はいはい。奥さん。分かってるよ。君こそ、忘れ物はないか?」 冴香は靴を履き終えると、くるっと振り返り 「仕事がひと区切りついたら、直ぐに来て」 薫は冴香を引き寄せ、軽くハグすると 「うん。今日1日で何とか終わらせて、明日には俺も向かうよ。お義母さんによろしく」 「じゃあ、行ってきます」 微笑んで出て行く冴香をドアの外で見送ると、薫はリビングに戻って行った。 冴香の父親…つまりは義父が調子を崩し、入院した。義母はたいしたことはないと言っていたが、義父は以前にも同じ症状で入院しているのだ。 冴香は、昨日残業して仕事の段取りを後輩に任せ、有給休暇を取った。薫も一緒に行くつもりだったが、今日の午後にどうしても外せない打ち合わせがある。それを済ませ、ある程度今後の仕事の段取りをしたら、今夜か明日の朝には山形に向かうつもりだ。 薫はダイニングに戻ると、ノートパソコンを再び起動させた。今回任された仕事は、自分の今後進むべき道に多大な影響をくれた恩師の紹介だった。これまでの努力の集大成だと胸を張れる仕事をしたい。 樹と再会してから、鬱々と思い悩む状態が続いていたが、気持ちを切り替えて臨まなければ。 振り払っても振り払っても、ふと油断すると、あの日の樹の姿が脳裏に浮かぶ。そして樹が連れていた女性の顔も。 ……いい加減にしろ。いつまでも未練たらしいな、俺は。 薫は大きく息を吐き出すと、プレゼンの為の資料作成に集中した。 先方との打ち合わせを終えて、薫はほっと緊張を解いた。依頼を受けてから初めての本格的な打ち合わせだったが、先方の反応はまずまずといったところだ。 事務所に戻る前に、どこか喫茶店に寄って一息つきたい。 薫は先方のオフィスから出ると、事務所に戻る途中にある喫茶店に足を向けた。 この街は繁華街の至る所に、老舗の喫茶店がある。貧乏苦学生時代はなかなか入れなかったが、最近は居心地のよい店を見つけて、仕事の気分転換に時折立ち寄ったりしている。 雑居ビルが立ち並ぶ中央通りから、脇の路地裏に入って行くと、ひっそりと佇む小さなその店のドアを開けようとした。 「藤堂薫さんですね?」 気配もなく寄ってきた男の1人に、自分の名を呼ばれた。 ハッとして振り返ると、スーツ姿の男が数人いる。 薫は眉を顰めた。 いかにも堅気ではなさそうなダークスーツに身を包み、サングラスをかけた男たちだった。 「お話があるのです。少し、お付き合い願えますか?」

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