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愛しさの先にあるもの3
「おい。ここは何処なんだ。樹に会わせろ」
両手両足を拘束され、ベッドに転がされたまま、薫は壁にもたれている男に怒鳴った。
もう何回目かも分からない。
男は見下すような目で黙ってこちらを見るだけで、何も答えようとしなかった。
ここに連れてこられてからずっと、薬で意識が朦朧としていたが、ようやく効き目がきれてきたらしい。強烈な吐き気と目眩も消えている。
一度意識が浮上した時に話をした初老の男は、あれから姿を見せない。
時間の感覚はもう分からなくなっていた。
あれからどれぐらい経っているのか。
ほんの数時間なのか日付けが変わっているのか。ただ、それほど酷い空腹は感じていないから、経っていても1日ぐらいだろう。
この部屋は窓は全て雨戸を閉められているらしく、外の光は感じられない。もしかしたら、地下室なのかもしれない。
「おい、答えろ。おまえたちは何者だ。樹は何処にいる」
応えがないのを承知で、薫はまたイライラしながら怒鳴った。
男は組んでいた腕を解くと、壁から身体を離し、ゆっくりこちらに近づいてきた。
「うるさい。喚いても無駄だ」
ようやく反応をみせた男に、薫は身を捩りながら顔を向け
「これを外せ。ここは何処だ。答えろ」
「あまりうるさいと、口も縛るぞ。もうすぐ分かる。大人しくしていろ」
「樹はここにいるのか?」
男の忠告を無視して尚も問いかけると、男はベッドの端に腰をおろしてこちらを見下ろし、嫌な笑いを浮かべた。
「樹くんは、もうすぐ着く。おまえは彼を誘き寄せる為の餌だ」
薫は目を見開いた。
「……あの写真は、偽物か」
男はそれには答えずふふ…と笑うと
「もうすぐ嫌というほど見れる。おまえの可愛い弟をな」
薫は黙り込み、男を睨みつけた。
自分が拉致されたと聞いて、樹はここに向かっているのだろうか。だとしたら自分のこの失態で、樹は窮地に陥ってしまうことになるのか。
……来なくていい。頼む。来るな。
数日前、恋人とおぼしき少女と穏やかに微笑みあっていた樹の顔が脳裏に浮かんだ。
たとえもう二度と会えなくても、樹が幸せに暮らしているならそれでいいのだ。
……頼む。来ないでくれ。
スマホの通知音が鳴る。男は画面を確認すると、にやりと笑って立ち上がった。
「ようやくご到着だ」
男はサイドテーブルに置いてある箱を開けて、注射針を取り上げた。
液剤をセットして、見せつけるように少しだけ押し出す。
「やめろ」
「いい夢が見れる。楽しむんだな」
薫は男を睨んだまま身を捩った。
「よせ」
男が笑いながら近づいてきて、手に注射針を持ったままでかがみ込んでくる。
きつく拘束され、ほとんど動けない薫の腕に、注射針がゆっくりと近づいてくる。
……樹…っ。
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