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愛しさの先にあるもの12

……ここは……どこだ……? 自分は確かに目を覚ましているはずなのに、見るもの全てがありえない形に歪んで揺れる。 音もだ。 周囲の雑音が近くなったり遠くなったりして、グラグラと世界が揺れ動いている。 神経に突き刺さるような極彩色の光が、辺りを飛び交っている。 ……酔っているのか……? 普通の酔いではない気がする。ウワンウワンと耳鳴りがして、歪む視界が目眩を誘う。だが、不思議と気持ち悪くはなかった。身体が羽根のように軽い。ふわふわと浮いているような感じなのだ。そして込み上げてくる高揚感と幸福感。 こんなおかしな酔い方は、今までに経験がない。 樹と心ならずも別れてから、薫は激しい後悔に苛まれて酒に逃げた。 酔いは一時だけ全ての苦しさを忘れさせてくれる。だが翌日目が覚めれば、残るのは頭痛と吐き気と更なる激しい後悔の念だった。 酒はもともと弱くはなかったのだが、急速に増えた酒量が身体と心を蝕み、半年間の休学と治療を余儀なくされた。 治療の為にそれまでの蓄えのほとんどを費やす羽目になり、元の生活に戻る為に、結局1年間を棒に振った。 冴香と再会したのは、そんな時だった。 入院している自分の所に、突然、見舞いに来てくれたのだ。 別れたとはいえかつては恋人だった女性にみっともない姿を見せたくなくて、最初は彼女の見舞いを拒否していた。だが、嫌な顔ひとつせずに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる冴香に、徐々に安らぎを感じていった。 激しく胸を焦がすような想いは、自分はもう樹以外には持てないと思っていた。 だから、冴香にもハッキリと自分の気持ちは伝えた。 でも、それでもいいと彼女は言ってくれたのだ。 身を焦がすような大恋愛の末に結ばれる夫婦もいるが、そんなものは望まない。穏やかに寄り添いあって共に生きる。そういう関係でいいと。 彼女の気持ちはありがたかったし、時間を見つけては世話を焼いてくれる優しさに感謝もしていた。それでも、彼女と結婚することに、薫は迷い続けた。 大学卒業後、学生時代にアルバイトをしていた事務所に無事に就職して、1年が過ぎた。酒はもう懲り懲りだったから、職場での飲み会でも一切口にしなかった。 冴香とは、たまに会って食事をしたり、休日に街中に買い物に行く程度の友人付き合いをしていた。 仕事で忙しい毎日を送っていれば、樹のことは少しは忘れていられる。だが、夜になってアパートに帰り、1人で過ごしていると、不意に思い出して苦しくなる。また無性に酒が飲みたくなる。 その苦しさを紛らわす為に、薫は仕事以外の時間は資格試験の勉強に没頭した。

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