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愛しさの先にあるもの20

「樹くん」 樹は振り返って真っ赤な目でこちらを睨むと、手を振りほどこうともがいた。 月城は樹のもう一方の手首も掴むと、グイッと引き寄せる。 樹は尚も身を捩り、手を外そうと無茶苦茶にもがく。 「樹くん。落ち着こう。ね?」 月城がちょっと強めの声で話しかけると、樹はピタっと動きを止めた。 「君の気持ちは痛いほど分かるよ。でも、和臣くんが言ってることも分かるだろう?君が彼らを傷つけたくないのと同じように、彼だって君だけが辛い思いをするのを、黙って見てはいられなかったんだ」 樹は何か反論しようと口を開きかけ、力なく吐息だけを漏らした。 月城は手を離すと、樹の肩を抱いて引き寄せ 「落ち着こう。とにかく、最悪なことにはならなかったんだ。薫さんをこちらに取り戻せたんだから。……ね?」 こんな言い方が何の慰めにもならないのは知っている。樹は和臣のことで、更に自分を責めているのだろう。 和臣はぷいっとそっぽを向いている。 あの状況で、樹が自分の身をあの男に差し出す姿を、見ていられなかった気持ちは自分も同じだ。 「さあ、仲直りしよう、和臣くんも。君が樹くんを庇ってくれた気持ちは嬉しいよ。でも君は、もっと自分の身体を大切にしてくれ。やむを得ない事情があっても、自分で自分の身体を武器にしちゃいけない。自暴自棄になって今は平気で出来るかもしれない。でも君はまだ若いんだ。これからいくらでもやり直せるし、本当に好きな相手が出来た時に、今の自分の無茶を後悔する日がきっとくる」 和臣はちろっとこちらを睨んで 「お説教なんかいらね。その言葉、そっくりそのまま樹さんに言ってやれよ」 月城は小さくため息をついた。 自分が今、何を言ったって、和臣には理解してもらえないだろう。人は自らが後悔して初めて、自分の中にある取り返しのつかない傷に気づく。他人から、しかも自分より歳上の大人からこんなことを言われても、反発が強くなるだけだ。 不意に、樹の身体が揺れた。ハッとして顔を見つめると、樹はベッドの方を凝視している。 「……っ、にいさん……」 聞こえるか聞こえないかぐらいのため息のような呟きが、樹の口から漏れる。 視線を辿った先で、薫が目を覚ましてじっとこちらを見つめている。 ……目が覚めたのか。 これからが正念場だ。 薫は、さっきの屋敷でのことを、どれだけ記憶しているだろう。 薬で朦朧としていた間の意識は、どうだったのか。 もし、起きたこと全てを覚えていたとしたら、樹はまた苦しむことになる。 だが、月城としては、本当は薫に全部覚えていて欲しいのだ。 樹が隠そうとすればするほど、薫は何も知らずにまた樹を追い詰める事態を招きかねない。 この理不尽なループは、どこかで終わらせなければいけない。 例えそのことで、いっとき樹の心の傷が血を流すことになったとしても。

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