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月の光・星の光30
「変態……か。酷い目に、遭ってたんだね」
樹は眉を顰め、俯いた。和臣はひょいっと首を竦めて
「あんたがそんな顔、する必要ないだろ。俺が好きで勝手に首突っ込んだんだもん。自業自得じゃん」
「……でも、」
「それよりさ。ひとつ、聞いてもいい?」
身を乗り出す和臣に、樹は少しだけ身体を引いた。
「なあに?」
「あんたも、ガキん時にあの叔父さんに監禁されてたんだよね。性的虐待もされてた」
和臣の遠慮のない声に、樹はヒヤリとしてもうひとつのベッドがあるカーテンの方にチラッと目を向け
「和臣くん、声」
たしなめられた和臣は、ケロッとした顔で首を竦め
「ごめん。でさ、あんたは叔父さんのこと、好きになったり……した?」
声をひそめた和臣の言葉に、樹は目を見張った。
「……唐突だね。どういう、意味?」
和臣はんー……っと首を傾げて
「や。つまりさ。叔父さんに支配されてたわけじゃん?全部。生殺与奪の権利を握られてたってことだよな?」
「……うん。そう、だね」
「そういう極限状態に置かれるとさ、その……相手に、好意持ったりしちゃうって、」
自信なさげな和臣の言葉に、樹はああ…と頷いた。
「君が言ってるの、ストックホルム症候群の…こと?」
「ん、あー……それだ、うん」
和臣はこくこくと頷いた。
「ないよ。そういうのは、僕は、なかった」
キッパリと答えると、和臣はうろうろと視線を泳がせた。
「ない……か。そうだよな、やっぱ。そんなのなる訳ないよな」
ガックリと肩を落とした和臣の顔を、樹は覗き込み
「どうしてそんなこと、聞くの」
「や、別に。ちょっと聞いてみたくなっただけ」
「久我……だったよね。君が酷い目に遭った男」
樹の問いに、和臣はビクッとして目を逸らした。
「ん……ああ」
「和臣くん。悩んでるなら、ちゃんと話して。何、気にしてる?」
「ん……。うん……」
煮え切らない和臣の態度に、樹は少し空けていた距離を縮めた。
「久我に、会いたい?もしかして」
「違う」
即座に強い口調で否定した。
「じゃあ、何が気になってるの?」
「会いたくなんか、ねえし。ただ……夢を見るんだ」
「……夢?」
和臣はちらっと目をあげてこちらを見て、またすぐに目を逸らすと
「ここに入院してる間、ずっとさ。夢ん中にあいつが出てきた」
「どんな夢?」
「いろいろだよ。あいつのマンションだったり、店だったり、事務所だったりさ。でもいつも、あいつが出てくんの。顔、思い出したくもねーのにさ」
和臣は掠れた声で呟きながら、両手で自分の顔を撫でた。
「酷いこと、されるの?」
顔を覆ったまま、和臣は首を横に振る。
「酷いこと……じゃない。や……いや、酷いこと…なのかな。よく、わかんないや」
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