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月の光・星の光35

樹はおっとりと首を傾げて 「会った方がいいって、僕は断言は出来ない。もしかしたら、昔のことって割り切って、存在自体忘れた方がいいのかも。ただ……無理やり記憶を閉じ込めて忘れたつもりでいても、ずっと心の中の柔らかい傷が膿んでじくじくしたままかも」 言葉を探しながら訥々と話す樹の口元を、和臣はじっと見つめていた。 樹の表情は穏やかで、ちょっとした世間話でもしているような感じだ。その表情からも眼差しからも、彼の心の奥底にある感情は全然読み取れない。 あの巧叔父と樹との関係については、叔父自身が自分に語った切れ切れの情報と、月城や樹が時折こぼす会話の断片などから、なんとなく想像するしかない。だが自分が巧にされたことを考えれば、それ以上に長くあの男に支配されていた樹が、どんな目に遭っていたかはだいだい分かる。アメリカでの生活も、おそらく想像を絶する過酷な日々だったはずだ。 その惨い過去を、樹が完全に忘れてしまえているはずはないのだ。 心の奥の傷が膿んで痛み続けているのは、まさに樹自身なのだろう。 それならば何故、樹はこんなに淡々としていられるのか。もっと激しい慟哭を、のたうつような苦悩を、さらけ出すことはないのだろうか。 どんな風に乗り越えて、今の樹はあるのだろう。感情を容易に表に出さない彼のたどたどしい言葉からは、何も見えてこない。 「傷口抉って、膿を出しちゃえってこと?忘れたフリなんか、するなって?」 和臣が少し不貞腐れた口調で言うと、樹は困ったように苦笑して 「僕にそんなこと言う権利はないよ。どうしたいかは、君が決めること」 和臣は、はぁっとこれみよがしなため息をつくと 「わかったよ。会ってみる。あんたがくれたアドバイスに、乗っかってみるよ。でもさ、途中でどうしても嫌だってなったら、俺、きっぱり背を向けるよ?無理なもんは、無理だからさ」 和臣の言葉に、樹はにこっと頬をゆるめて頷いた。 「もちろん。選ぶのは君自身だよ。それで、いいと思う」 樹はほっとしたように、車のエンジンをかけた。ウィンカーを出し滑るように車線に戻って行く。 「意外だったな」 「何が?」 「あんたが、車の運転するの」 樹は大きな目を更に見張ってこちらを見た。 「そう……?……意外?」 「うん。樹さんってさ、月城さんとか他の連中に運転させて、助手席に大人しく乗ってるイメージ」 樹はふふっと吹き出して 「君って、やっぱり変わってる。僕のこと、どんな奴だと思ってるの」 ……いや。変わってんのはあんただろ。 すかさず心の中で突っ込んでみる。

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