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月の光・星の光43
「分かるって……何がさ」
和臣は思わず目を逸らしてしまった。顔に出ていたのだろう。
「続けるよ?」
「あ……うん」
月城は飲み物で口を湿らせて再び静かに話し始めた。
「少しずつ、打ち解けてきた僕を、巧さんは外に連れ出してくれた。あの頃、既に僕を引き取る為の準備をしていたんだろうね。施設の管理事務所で許可証を貰って、最初は近場に短時間だけ。慣れてくると時間を伸ばして。巧さんのマンションにも行ったよ。そのうち外泊許可も出た」
「……すげぇ……用意周到」
和臣が漏らしたひと言に、月城は苦笑して
「2年。巧さんが僕を引き取るまでに費やした期間だ。凄いよね。彼は独身で、その頃はまだ収入も低かった。結婚していないから特別養子縁組の資格がない。後で施設の職員に聞いたけど、すごく熱心に里親になる為の講習にも通っていたそうだ、彼は」
和臣はため息をついた。
「そこまでするかな……あんたを自分のものにする為に。やっぱあいつ、病的だ」
月城は薄く微笑んだまま、それには答えなかった。
「7歳の時に、巧さんは施設から僕を引き取った。僕は、彼が用意してくれたマンションに住んで、学校もそこから通った。その頃にはすっかり、彼に懐いていたからね。親というほどの年齢差はなかったから、少し歳の離れたお兄さん。そんな感じだった」
和臣は、ちらっと樹の方を見てから
「普通の生活してた?その頃って」
「うん。巧さんは他に家があって、そのマンションには通っている様子だったけどね。夜は必ず一緒にいてくれたよ。最初は月に1度、定期的に児相の担当者が訪ねてきた。半年を過ぎると担当者の訪問観察は年に1度になった。養子縁組前提の里親だったから、その間も講習を受けたりしてたみたいだな。当時の僕はそんなこと、全く分からなかったけどね。……そして、僕が9歳の誕生日に、彼は親切で優しい里親の仮面を脱ぎ捨てて……ケダモノになった」
和臣は咄嗟に目を背けたくなるのをグッと堪えて、強ばった表情で月城を見つめた。
当然、予想出来た話の流れだった。でも胸に込み上げるやりきれない哀しさと胸糞の悪さに心が軋む。
9歳ー。
実の親に育児放棄され虐待されて施設に逃げ込んだ幼い子どもに、最初は甘い蜜を与え徐々に慣らさせて、懐いた頃合に……。
そんなむごい裏切りがあるだろうか。
目の前の諦観を携え薄い微笑みを浮かべた月城の、当時の衝撃はどれほどだっただろう。どれだけの哀しみと苦しみだったのか、想像するだけで息が詰まる。
まさしく、鬼畜の所業だ。
あいつは、人間じゃない。
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