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第2話 僕と上司と金曜夜の・・・

上司であり同居人でもある相楽さんは、なかなかどうしようもない人で。 僕がリビングでホラー映画を観ていたら、そっと後ろから濡れた手で首筋を触り、 別の日にキッズ向けアニメで笑っていたら、いきなり腰をくすぐってきた。 構ってほしいんだかなんなんだか、油断も隙もない。 どうしてこんなことをするのかと聞いてみると「ぞくっとしたいからホラーなんか観てたんだろ? 笑いたいからああいうアニメ観てたんだろ?」とのたまった。 何言ってるんだか。 本当にこの人は、人の気も知らないで……。 僕はあの人に触られるとドキドキしてしまうし、構われると心のどこかでその先を期待してしまう。 たぶんこれは一種の片思いみたいなものなんだと思う。 向こうは思わせぶりなことをするだけで、それ以上のことはきっと何も考えていない。 わかってるのに、いや……わかっているからこそ僕は、胸が苦しい。 「今日はこれを観よう」 その日僕が近所のレンタルビデオ店から借りてきたのは、ベタなラブストーリーだった。 パッケージに印刷されていたのは、男女がソファでキスをしている写真だ。 僕がリビングでこれを観ていたら、あの人はキスしてくれるんだろうか。 ……我ながら、バカなことを考えていると思う。 飲んで帰ってきた相楽さんは、お風呂で鼻歌を歌っていた。 僕は金曜夜のいつもの夜更かしを装って、DVDをデッキに入れる。 予告編を流し見つつ、コンビニで買ってきた缶のカクテルをグラスに注いだ。 彼がバスルームから出てくる気配はない。 まだ鼻歌が聞こえている。 緊張していたせいか、本編に入った頃には僕はすでにカクテルを飲み干してしまっていた。 映画の内容は残念ながらというべきか、案の定というべきか、今の僕には退屈だ。 それはそうだ、ただ下心で借りてきたやつだから。 アルコールのせいか映画が退屈なせいか、眠くなってきてしまった。 どうする? くだらない考えは捨て、部屋に戻って寝るべきか。 ぼんやり考えながらソファの肘掛けに頭を乗せ、ごろんと横になる。 目を閉じ、数秒か、数十秒か。 人の気配が近づいてくるのを感じ、僕はまぶたを持ち上げた。 そして目の前に広がる景色に、心臓が大きく脈打つ。 いつの間にお風呂から上がってきたんだろう。濡れ髪の相楽さんがソファの背に腕を突き、僕を真上から見下ろしていた。 その顔には困惑の色が浮かんでいる。 耳に、女性の喘ぎ声が届いた。 ハッとしてテレビを見る。 そこに映し出される映画は今、なんとも間の悪いことにベッドシーンに差しかかっていた。 「これは、その……」 とっさに言い訳しようとして気づく。 中学生でもないのにベッドシーンくらいで慌てるのは変だ。 「その、なんだ?」 相楽さんが濡れて艶やかに光る髪を掻き上げながら、先を促した。 けれども、その先に続けるべき適切な言葉が僕には見当たらない。 「これはただ、お店でおすすめされてたのを借りてきただけで」 言い訳の言葉に、甘ったるい女性の喘ぎ声が重なった。 僕を見下ろしている相楽さんが、口角を意味深な角度に持ち上げる。 「へえ?」 「な、なんですか。いいじゃないですか、たまにはこういうのを観たって」 ソファから起き上がろうとすると、いきなり上から肩を押さえつけられた。 「なんだ、期待してんのかと思った」 「き、期待?」 「だからさ、こういうことをだよ」 僕の肩を押さえつけたまま、彼はソファの背をまたいでこっちに来る。 湯上がりの熱気と香りを感じ、心臓がまた変な音をたてた。 何も言えないでいるうちに、今度は唇の端にキスが降ってくる。 「これのパッケージ、こんなんじゃなかったっけ?」 「観たんですか」 「前に観た。このシーンは有名だろ」 僕の困った上司は、それから先のことも具体的に教えてくれた――。

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