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第3話 僕と上司とリビングのごみ箱
リビングのごみ箱でそれを見つけたのは、燃えるごみの日の朝のことだった。
「同窓会のお知らせ……? え、僕宛!?」
家中のごみ箱からごみを集めていた僕は、たまたまそのハガキを発見した。
見ると美大時代の同級生有志で、小規模な飲み会を開くらしい。
それ用にデザインされたハガキを見れば、あの子だな、と同級生の顔が浮かんだ。
「懐かしいな」
内容を確認し終えたハガキを表に返すと、郵便物の転送シールが貼ってある。
実家宛てに送られたものが、ここへ転送されてきたらしい。
僕がここ――上司である相楽さんのマンションに居候するようになって、半年近くが経っていた。
もう、ここでの暮らしが体に染みついてしまったけれど、住み始めた頃はいろいろあって。
いつまでもは居られないと思い、転居先を探していたところ、相楽さんに物件の資料を捨てられてしまったこともあった。
そうだ、あの時もこのごみ箱だった――。
「あれ? この辺に置いておいたはずなのに」
不動産屋から貰ってきた資料を探していた僕に、相楽さんがごみ箱から取り出したものを見せてきた。
「これのことか?」
それは紛れもなく、僕がいま探していたもので。
どうしてそんな場所から出てくるのかと、僕は目を丸くする。
「お前に出ていかれたら困るから、これはこうしよう」
そう言って相楽さんは、ごみ箱から出した資料をビリビリと破いてしまった。
「わーっ、なんてことするんですか!」
「……ミズキが悪いんだろ? 俺に相談もなく出ていこうとするから」
――あれから半年、僕は、未だ出ていけないままここにいる。
家事の苦手な相楽さんは僕を手放したがらず、あの人に対して気持ちのある僕は、それをいいことに彼のそばに居続けていた。
けど、このハガキは……。
複雑な思いが胸にもたげる。
「ちょっと、勝手に捨てるなんてひどいじゃないですか!」
朝方の彼の部屋へ怒鳴り込むと、まだベッドにいた相楽さんに緩慢な動作で手招きされる。
「ふぁ~……こっち来なさい」
「え……? なんですか」
あくび交じりに呼ばれ、振り上げた拳の行き先に困った僕は、ベッドの枕元まで素直に歩いていった。
寝乱れた彼の姿にドキッとしていると、ふいにハガキを持った手首をつかまれる。
「こんなの捨てろよ」
「は……?」
「30点……いや25点だ」
確かに、アートディレクターのこの人から見たら、このハガキのデザインはちょっと残念なものだろう。
だけど。
「そういうことじゃなくて、これは僕宛の郵便物で……」
反論する僕の言葉に被せて、相楽さんが続けた。
「それに、女の匂いがする」
「え、匂い?」
ハガキに顔を近づけてみるものの、紙とインクの匂いしかわからなかった。
女の匂いというのは、作風のことを言っているのかもしれない。
「女の子がデザインしたハガキが、僕のところに来ちゃダメなんですか」
「ダメっていうか、俺が気に入らない」
言われてそのまま手首を引き寄せられる。
その拍子にハガキは僕の手から離れ、滑るように床に落ちていった。
一方、僕の体は、やわらかな布団と彼の熱に包まれる。
「もうちょっと寝よう、まだ早い」
「なんで僕まで……」
「せっかく来たんだからいいだろ」
少し湿った唇が、ふわりと耳元にぶつかった。
「こんなことしに来たわけじゃ……」
ドキドキしてしまって、抵抗の声は小さくなる。
「いいから目、閉じなさい」
今度はまぶたにキスが降ってきた。
好きな人に朝方のベッドでこんなことをされて、逆らえる人間がどれだけいるだろうか。
甘い触れ合いが続き、30分後……。
相楽さんのスマホのアラームが鳴った頃には、ハガキのことはもう僕の頭からすっぽり抜け落ちていた――。
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