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そして、不思議な生活が始まった
―― ガチャ
「あ、お帰りなさぁい」
と、ポチが顔をひょっこり覗かせたのは
オープンキッチンのカウンター。
「お ―― おぉ。ただいま」
……びっくりした。
仕事から帰って誰かに『お帰り』と出迎えられた
のは、数年ぶりだったし。
第一、あいつはキッチンで夕飯の支度をしていた
んだ。
「ご飯とおかず、もうすぐ出来るからね~。あ、
何だったら、先にお風呂済ませちゃえば?」
「あ、い、いや ―― 今日は飯先にしよっかな」
慣れない事をされると調子が狂う。
ポチが作った手料理がいっぱい載った食卓を
間に、向い合って座り ――
『いただきます』
手を合わせて食べ始めた。
―― 旨い!
コンビニ弁当とほか弁以外であったかい物を
食べたのは久しぶりだ。
風呂から上がれば、適温に冷やされたビールも
あって。
ベッドの敷布団と掛け布団は昼の間に
天日干ししたらしく、
お陽サマのあったかさをたっぷり含み
ホカホカで。
何から何まで至れり尽くせり ――。
夢心地で知らぬ間に眠った俺を目覚めさせたのは、
やっぱりポチの……だった。
わざとらしく大きく咳払い。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃなくてな ――」
「キヨさん、今夜あんまり元気ない」
「って、小父さんくらいの年になるとそうそう
簡単には勃たねぇんだよ。それに ――」
と、ポチの両脇に手を差し入れその身体をグイっと
持ち上げるようにして、自分の方へ引き上げた。
「あ、もうインサートするか?」
「だからっ! 好きでもないのにこうゆう事は
ヤっちゃ駄目って言っただろ」
「キヨさん……」
「……ん? どした?」
「……ポチのこと嫌いなの?」
「違うって! 好きでもない、っつーか、お互い良く
知りもしないのにセックスすんのは良くないって
言ってんだ」
「……」
「あと、夜は自分の布団で寝なさい。一緒に寝たり
すっからムラムラしたり、妙な気分になるんだ。
わかったな」
ポチは ”不承不承”といった感じで俺が寝てる
ソファーベッドから出て、元々俺が使ってた
ベッドへ横たわった。
「おやすみ」
拗ねてしまったのか?
ポチからの返事はなかった……。
薄暗がりの中、今夜何十回目かの寝返りをうつポチ。
羊が63匹、羊が64匹、
羊が65匹、羊が…………
ドヨーン !
あぁっ、もうっ。
いくら羊を 数えてみても頭の中が
羊だらけになっていくだけで
眠気は一向に襲ってこない!
身体はけっこう疲れてるのに、
神経がびんびんに冴えてるって感じ?
参ったなぁ――
ど~しちゃったんだろ……
イライラしてもう1度寝返りをうった時、
何気に瞼を開けたら薄暗がりの中
隣のベッドで心配気にこちらを伺っていたと清貴と
バッチリ視線がかち合ってしまった。
う”っ!……これは、かなり気まずい。
「…………眠れねぇのか?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いいや、俺は仕事柄いつでもどこでも
熟睡できっから」
「アハハハハ――そっか。いいなぁ……」
「……なぁ。こっちに来るか?」
「えっ――――」
「ア、嫌なら無理にとは言わねぇけど」
「……いいの?」
「――は?」
「だから、そっち行っていい?」
「お――おお。但し、寝るだけだぞ」
と、ポチのためのスペースを自分の傍らへ空ける。
ポチは自分のベッドからパッと抜け出して、
清貴が空けてくれたスペースへ滑り込み、
(ココぞとばかりに?)
清貴へピタッと寄り添って清貴の腕枕でその匂いを
思いきり吸い込む。
「キヨさんの匂い…………」
「えっ、臭うか? しっかりシャワーしたんだけどな」
「ううん、違う」
「じゃあ……?」
「何となく安心するってゆうか、落ち着ける匂い……」
「そっかぁ……なぁ。たった今、いい名前ひとつ
思いついた」
「なに?」
「悠久の悠に里と書いて ”ゆうり(ユーリ)”
どうだ?」
「ユーリ……うん。いい感じ。気に入ったよ」
「じゃ、たった今からお前の名はユーリだ。
忘れんな」
「うん。ありがと、キヨさん」
ポチ ―― 改め、ユーリのおでこに
そうっとキスを落として。
「おやすみ。ユーリ」
「うん。おやすみ」
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