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予期せぬ再会

 足音が小走りに自分の後をついて来る……。  それに気が付いたのは、  キヨさんの交番に着替え一式を届けて帰る途中の時  だった。  現在の時刻・間もなく午後10時。  付近に目立った娯楽施設や歓楽街のない  この辺りの夜は早く。  栄えているのは駅前くらいで、  ちょっと離れてしまえば夜間はめっきり人通りも  少なくなる住宅街になる。    幾つかの個人商店が集まって出来た昔ながらの  ショッピングセンターは軒並み午後7時過ぎには  店を閉じてしまう。  それに合わせたよう付近を走る路線バスの最終も  午後7時位なので、仕方なくユーリは  清貴のマンションまでの夜道を  1人とぼとぼ歩いているという訳だ。  そこで誰かが後を尾(つ)けて来ているのに  気が付いた。  ただ尾行といっても、  これが刑事とかこのテの事に慣れた手合の  尾行ならともかく、  はたまた向こうはわざとそうしているのか?  ユーリに気付かれないようにしている訳でも  ないらしく、  ごく普通に足音をたててついて来るのだ。  何だかかえって気味が悪い。     新手のストーカーかぁ??  夜も7時を過ぎてしまえばひっそり静まり返って  人通りもあまりない住宅街である。  もし、向こうが武器に拳銃でも持っていれば  被害は自分だけでなく、   付近の住民にまで及んでしまう可能性がある。  そう考えると自然と足は速くなる。  しかしユーリは一瞬迷った、  このまま走って逃げるか?  男らしく敢然と正面きって対決するか?  もちろん――逃げる事にした。  清貴のマンションは管理人が常駐なので、  そこまで行けば安全なはず。  ざっと2~3キロ位のものだろうか。  ユーリは駆け出した。  ついて来る方も走り出したのが分かった。  しかもユーリより足のスタンスが長い上に  スピードが段違いに速い!  そして……日頃の運動不足は如何ともし難い。  ユーリは100メートルどころか、  50メートルも走ったらすっかり息があがって  しまった。  あと1キロ以上走るなんて、  とてもじゃないが体がもたない。  早々に白旗を掲げ、  近くの路肩のガードレールへもたれて  ハァハァ……と荒い息を整えていると―― :『―― もうギブアップか? シリアル№A99』! 『あぁっ?!』  自分の事を”シリアル№A99”  と呼んだその声は……?  ユーリについて来た足音の主が  ゆっくり余裕の笑みでその隣へ立った。  もう、ヘロヘロで足元もおぼつかない様子の  ユーリに対し、その男・ロイは息さえ乱れていない。     「ロイ・チャールズッ!! お、お前、  生きてたのか」    「フッ ―― 地獄の底から這い上がって来たのさ  ……なぁんてな」   「……ボクに何の用」  と、聞いてからハっとして、     「まさか ―― お前がチェイサー、なのか?」 「一昨日まではな」 「一昨日?」 「その様子だと、まだ何も知らねぇみたいだな」 「もったいぶらずに教えろよ」 「教えろよ? 人から教えを乞う立場だってのに  随分と偉そうだ」   「その気がないならいい。自分で調べる」  と、先を急ぐ。     「研究所は閉鎖されたぞ」  ユーリはその言葉を聞いてピタッと歩みを止めた。     「正確には内閣府の天下り団体に売却されたんだ。  国の財政赤字を少しでも削減する為にな」   「……その、天下り団体って」 「昔は俺もお前も散々世話になり、また、酷い目にも  遭わされた医療法人さ。管理母体が変わったって  だけで、施設内部で行われてた行為は継続されてるん  だろう。また、脱走者がぼちぼち出始めてるらしい」   「……」 「気を付けろよ。お前だけは兄貴達のようにはなるな」 「って ―― もしかしてビッグベンや  ブラザーチェンも生きてるの?!」   「君子危うきに近寄らず。せっかく助かった生命、  粗末にするな」      と、ロイ・チャールズはそのまま足早に歩き去った。     「待って、ロイっ!!」      『ユーリ!』と声がして、進行方向から  小走りにやって来たのは名付け親・清貴。     「キヨさん……どうしたの?」 「どうしたの? じゃねぇよ。俺よか先に出たのに  まだ戻ってないから心配した」   「あ、ごめんなさい」 「今、一緒だった奴は友達?」 「あ ―― う、うん、そんなとこ」   清貴にはまだ何も話してはいなかった。  自分が遺伝子操作で造り出された化物だって事も、  求められれば誰にでも股を開く淫乱男だって事も、  そして、元は獣だったって事も……  清貴が自分の秘密を知ってしまえば、  捨てられるかも、って恐れが強かったから。  怖くて言えなかった。 「さ、帰ろうか」 「うん……」 たとえこれが束の間の休息でもいい、 もうしばらくは幸せな気分に浸っていたかった。

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