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 隆俊の住まいを中心に広域エリアの防犯カメラが調べられた。総力を投じた大規模な捜査は現場の刑事たちを困惑させた。重要参考人とされる19歳の若者には前科はなく交通違反すらない。目立たないどこにでもいる青年が何に加担しているのか捜査員たちは理解していない。隆俊ではなく母親を探すのなら道理が通っているがわからないことだらけだった。  そんな状況でも捜査員はベストを尽くす。個人の携帯、ATM、防犯カメラ、電気店にディスプレイされているPCのカメラ。街中の膨大なレンズの中に隆俊を捉えようと多くの人員が投入された。  ついに公衆電話を使っている隆俊の映像が見つかり時刻から通話先を特定。ピンを打ち、住所を突き止め捜査員は現場に突入した。そこには隆俊が公衆電話からかけた番号のプリペイド携帯がポツンとテーブルに置かれており、部屋には誰もいなかった。室内から採取された指紋は複数あり、隆俊と『ボーダレス』のリーダーである牧野、メンバーと推定されている何人かの人間のものだった。弓枝の指紋はみつかっていない。  対象の痕跡を求めロウは鑑識や捜査員に混じり現場に赴いた。室内に漂う新しい匂いは違うものに変化している――絶望と諦め。  「責任者はあなたですか?」  ロウは現場で指示を出している男が責任者とみて話かけた。相手はあまりにも違う毛色のロウを胡散臭いと判断したらしい。このような反応はいつものことだ。 「あんたは誰だ?」  ロウの手帳を確認した刑事の表情が渋面に変わる。 「重要参考人が本当に重要なのか疑問だったが、特別捜査官が立ち寄るくらいだ。我々の見立ては正しい。そうだな?」 「どのような見立てだ」 「ここは俺達の管轄だ。横槍を入れるつもりなら上を通せ」 「横槍も掻っ攫いもしない。『ボーダレス』絡みなので状況の把握をしにきただけだ。掻っ攫うなら外事(公安外事三課)だろう」  「ああ。あいつら下働きだけさせてテロを口実に横取りしやがるからな。 状況といっても今わかっていることはわずかだ。滝田隆俊は自分から電話をした。拉致されたわけではない。自ら接触し『ボーダレス』のヤサに来て一緒に姿を消した。親子揃ってメンバーで間違いないだろう」  ロウの浮かべる無表情と賛同の言葉がないことに刑事は眉間にしわを寄せた。 「それ以外の見立てがあるなら聞かせてほしいもんだな。特別捜査官殿」 「正直なところ、そちらと違って見立てるだけの情報を持ち合わせていない」 「そういうことにしておいてやるよ。今のところ使える物証はない。わざわざ残したプリペイドに重要な情報があるとは思えんからな。中に残っている番号に意味はないだろう。でも全て調べなければならないから時間と人手が割かれる。牧野という男は俺達の神経を逆なでするためには手は抜かない」 「そのようだ」 「そっちは何か掴んでいるのか?」 「いいや、何も。ただ気になるのは参考人は若い。『ボーダレス』が幼い頃から組織的に洗脳しているとしたら面倒なことになるだろう」 「ああ。俺もそれを心配している。滝田隆俊を確保すればその疑問の答えがでるはずだ」  警察は対象を『ボーダレス』のメンバーだと断定したがロウは納得していない。メンバーなら自分の存在が活動に大きなエネルギーを与えることに喜びを感じるはずだ。しかしそういう感情は見えなかった。怒りと驚き、ヒートの予兆、そして諦めと絶望。これは対象が望んでいない環境に身を置いていることを意味している。  ロウは現場を後にして周囲を見渡した。 対象は抑制剤を飲んでいるはずだが兆しは重みを増している。ブリーダーの息子でオリジンのハーフを利用する前に傷物にするとは思えないが、オメガのヒートに抗える精神力が牧野にあるだろうか。より安全な環境を作り狂乱が鎮まるまで待つしかない。対象とメンバーが接触できない隔たりが必要だ。  フェロモンと姿を遮断する壁……周囲にとけ込み目にしても違和感のない建物。どこだ、どこに居る。 隠れ家の一つであろうこの建物もありふれたマンションだ。ここに『ボーダレス』が隠れていると付近に住む住民は考えたこともないだろう。 『ありふれた物』……『ありふれた者』ロウはスマホを取り出しタップした。 『はい。認証番号をお願いします』 「RC-951-022-88」 『こちらAY-48』 「國北か」 『当たりだロウ・チャーリー特別捜査官』 「おいおい、何だ。いつものチャーリーにしてくれ」 『さっきまでお偉方さんが来てたんだよ。近くにいたら大変だからな』 「とっくにデスクに戻っているさ。大至急調べてほしいことがある」 『なんなりと。チャーリーのバックアップを優先するようにお達しがあった。分析官全員が最優先でフォローする』 「お偉方さんの用はそれか。それだけ上は必死なのさ」 『対象の写真とデータは手元にある。こんな普通の顔をした若者がサイコパスなのか?世も末だな』    國北は間違っているが訂正はしなかった。ロウが専門にしているのは社会病質者で犯罪をためらいもなく実行する犯人だ。だから國北はそう思い込んでいる。今回は捜査ではなくマンハントで最終目的はヒット。そんな現実をネットの世界をうろついている分析官に言う必要はない。 「調べてほしいのは家だ」 『家?それだけじゃクロス検索どころか……ちなみに「家」のヒットは48億4千万。ヒュ~』 「最後まで聞いてから指を動かしてくれ。施主の要望に特化した物件情報が欲しい。ミサワホームがそのような商品を販売した記憶がある。 防犯に対応したタイプでパニックルームがある家。集合住宅ではなく一軒家。その家の所有者及び家族がα、βの場合は除外。Ωがいる家族だけをピックアップ。ただΩを有する家庭が政府に登録していないケースもあるだろうから未登録は除外しないでほしい。場所は関東に絞る」 『サイコパスのΩはヒートをやりすごす場所が必要……なるほど』 「頼んだぞ」  対象を閉じ込めるだけでは解決しない。「ボーダレス」のメンバーや牧野が簡単に対象に近づけるからだ。しかしパニックルームは違う。対象自らドアをあけなければ外からの侵入はかなり難しい。牧野ならそういう物件を用意できるし必要だろう。組織を運営するにあたり抑制剤だけではヒートの問題を解決できないからだ。  それに、対象をオリジン弱体化のコマとして使うなら絶対に必要だ――Ωの備えが。

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