5 / 22

Saturday:5

 気の進まないハンティングは気を滅入らせる。自分のケツも拭けない男の尻ぬぐいを命じられるとは最悪だ。ロウはエレベーターを降り、対象(滝田隆俊)が刑事と対峙した休憩室に向かった。火事の騒ぎからまだ3時間しか経っておらず、人工的な化学物質の匂いが鼻腔に突き刺さる。  ロウは管理人から借りた鍵を使い中に入った。ロウの手帳は警察とはまったく違うものだ。「オリジン特別捜査課/特別捜査官」と記載された手帳に誰もが従い質問に答え要求に応える。現に支援センターの管理人は手帳を見るなりすぐに鍵を渡した。  理由はそれだけではない。ロウはアメリカから戻ったばかりだったので日本国内用の姿をしていなかった。グレーと鈍く光るシルバーの髪。カラーコンタクトをしていないため本来のアイスブルーの瞳に黒い瞳孔が冷たく光っている。堂々の体躯は相手を圧倒するプレッシャーを備えていた。抵抗を試みるのはよほどの馬鹿か向こう見ずな人間だけだろう。  ロウは早くこの仕事を切り上げたかった。相手がシリアルキラーなら気力が漲るが今回の案件はアドレナリンも鳴りを潜めている。  休憩室はテーブルとイス、自販機とごみ箱だけの余計なものが一切ない空間だった。部屋に漂う空気には目にみえるような驚きと怒りが沁み込んでいる。対象は警察の訪問を予期していなかったはずだ。そうでなければここまで感情が滲みでない。匂いは椅子の背もたれにかけられた作業服の上着から漂っていた。胸元のポケットには「滝田」の文字が刺繍されている。ポケットを探ったが何も入っていなかった。  ロウはイスに座りテーブルの上に作業着を広げた。眼を閉じて嗅覚に集中し、写真の顔を思い出しながら匂いという情報を組み立て滝田隆俊をイメージする。 「ラッキーなのか、アンラッキーなのか」  ロウは立ち上がり呟いた。驚きと怒りの匂いは一過性のものでしかないが上着に沁み込んだ匂いの中に兆しがあった。対象はヒートを迎えようとしている。オリジンとのハーフはどんな状態になるのかデータがないが安全な場所にいなければ反応した輩に襲われる可能性もある。恐怖に切り裂かれながら命を落とすのは余りに不憫だ。それなら知らないうちに命を手放すほうがいい。ロウにはそれができる……そしてそうするだろうという確信があった。  この匂いは危険すぎる――今まで嗅いだどの匂いよりも甘くて重たい。

ともだちにシェアしよう!