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Saturday:4

「疑問だらけだろうね」 温かい紅茶が満たされたマグカップがテーブルに置かれる。 「飲んで大丈夫だよ。変なものは入っていない」  男は自ら紅茶を口に含み飲み下した。隆俊の目には40代後半に見える男はもの静かな印象だ。大きな声をあげることもないし言葉遣いに荒さはない。母親とどういう関係なのか。母親は容疑者なのか?次々と疑問ばかり浮かびその答えは一つとして探し出せていない。 「お母さんは無事だ。しばらく地下に潜る必要があるからしばらくは会えないが」 「あの……母はいったい何をしたんですか?」 「立派なことだよ。私達は世界を変えようとしている。君のお母さんはとても重要な役割を担っているんだ」 「世界を……変える?」 「『ボーダレス』のことは知っているかい?」 「あまりよく知りません。種別隔離政策に反対している過激派ですよね」 「私の顔を知っているはずだ。牧野と言えばわかるだろう」 「え……ま、牧野!まさか……あなたが?」  牧野と名乗った男は残念そうに首を横に何度か振った。 「過激派とはオリジンで固められた政府がしている報道操作で事実ではない。我々のネット放送の反響を聴くと君は驚くだろう。多くの賛同者と支援者がいる。『ボーダレス』は世界規模の組織であり日本を束ねているのが私だ。 そもそもおかしい話じゃないか。オリジンこそが人類の起源で尊い種族だと主張しているが、男は女しか妊娠させられないし、女は男を受け入れなければ子を産めない。α、β、Ωのような多様性を持ち合わせていないオールドタイプだ。それなのに種別カーストとは別次元に存在し世界を牛耳っている。すべての命は同じく尊いと思わないか?特に君はΩだから余計にそう感じているだろう」  この男は気にかけている振りをしているだけだ。現にΩを憐れんでいる。どんな人間も自分の下に誰かを置いて見下したがる。隆俊は苦々しい思いを飲み込んだ。憐れみなら軽蔑のほうがずっとマシだということを多くの人は知ろうともしない。 「君のお母さんはオリジンの種をブリードしている。ただのブリードではないよ、ミックスしているんだ」 「ミックス?」 「そうだ。弓枝はセイフティーセックスだとオリジンが納得する方法を開発した。それがどういうものかは君に明かさない。知らない方が安全だからだ」 「あの……言っていることがわからないのですが」 「弓枝はオリジンと他の種を交配させている。それが原因で逮捕状がでた」 「は?」 「わからないかね隆俊君。君の父親は?」 「死にました。僕が生まれてすぐに」 「弓枝がそう言った。それだけのことだよ。よくある話じゃないか」 「何がですか?」 「死んだと聞かされてきたが『実は生きていた』よくある話だろう?」  隆俊は唖然とした。存在しない相手が存在している?本当に?父親が生きている? 「信じられません」 「だろうな。弓枝は決めかねていてね。君を我々の活動に参加させるべきかどうか」 「過激派にはなれません。それに母がメンバーだと言われても信じられません。もう帰ります」  いきなり牧野の両手が隆俊の両手首を握った。凄まじい力であまりの痛みに涙が滲む。 「離してください!痛い!」  穏やかな男だった牧野は仮面を外し冷徹な表情と雰囲気を表にだした。先ほどまでと同じ男とは思えない変貌ぶりに隆俊の恐怖がせりあがる。 「君の半分はオリジンなんだよ。わかるか?オリジンとのハーフでΩオムという君の存在は『ボーダレス』にとって聖櫃だ!聖杯だ!切り札だ!ジョーカーだ!オリジンを弱体化させる破壊力抜群の起爆剤なんだよ。弓枝はしばらく潜るしかないが君の面倒は私達がみるから安心しなさい」  安心には程遠い暗い牧野の視線に射すくめられ隆俊は抵抗する気力を失った。与えられた事実の数々、自分のアイデンティティーの崩壊。この世から消えることが選択肢にあるなら迷いなく手を伸ばすだろう。 「母はずっと『ボーダレス』だったと?」 「ああ、そのとおり」 「母に会わせてください!」 「できない。弓枝を失うわけにはいかないからな。子供のお守りの為に危険は冒せない」 「じゃあ教えてください」 「何だ?」 「母が……仕事と言っていたのは『ボーダレス』の活動ですか」 「ああ、そうだ」 「どのくらい前……からですか」  牧野は残忍な笑みを浮かべたあと心底可笑しいと示すかのように高笑いを始めた。 「弓枝は売れっ子のエスコートサービスだったが、それは仮の顔だ。弓枝は『ボーダレス』のメンバーとして任務を遂行した。いつから?君の年齢以上だよ。そして君という起爆剤を孕むのが弓枝の役割だったのさ!」 「嘘だ!嘘だ!俺は信じない。じゃあ聞くけど俺の存在が『ボーダレス』にとって大事なら一人にしないで閉じ込めるはずだ」 「それも考えたが君は抑えつけようとすれば反発して言うことを聞かないらしいな。自由だと思っているのは君だけなんだよ。つねに見張りが付いていたし、職場もマークしている。今日、電話番号は誰に貰った?」 「……そ、それは」 「刑事が来たタイミングで都合よく火事が起こるか?」 「……。」 「オリジンとのハーフは君だけではない。αならオリジンと対等の立場を要求するだろう。βはどう立ち回るかじっくり考える。Ωはどうだ?人間の欲は金とセックス。それに恥がセットになれば最高の手札になる」 「言っている意味がわからない」 「君の部屋にはカメラが仕込んである」 「え!どういうことだ!」 「ヒートの時期は大変だろう。男を引っ張り込んで腰を振っている映像がたんまりある。お前の息子はとんだ淫乱だと見せてやるのさ。αとβ以上の働きをするのがΩ、すなわち君のことだ。あははは!」  隆俊はこみあげてくる吐き気を必死で抑えつけた。ここでぶちまけるくらいなら死んだほうがましだ。牧野の高笑いを聞きながらテーブルの端を握る両手に力を込めた。すべて夢であることを願って。

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