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Saturday:8

 隆俊は牧野達に連れてこられた一軒家のリビングに居た。心もとなく浅くソファに腰かけ誰とも目を合わせないようにしている。彼らの視線が痛く、ナイフをゆっくり深く皮膚に押し込まれるような気持ち悪さがあった。理由は明確――隆俊の身体が熱を発し始めた。 「急いで用意しろ」  牧野はメンバーに言いながら隆俊を見て唇を舐めた。Ωのヒートは何度も目にしているし、時には味を見たこともある。淫らに喘ぐ隆俊を映像で見て知っているが、隆俊の兆しは経験したことのないものだった。抗うことが難しく己の中に勝手侵入してくるような強さ。ごく平凡な面差しの若者が妖艶に見えるほどの力。  牧野をはじめここにいる男たちが抵抗しきれず、集団で隆俊に襲い掛かれば悲惨な結果にしかならない。 「念のため食料は二週間分用意した。リビングの様子はカメラを通じて見られるし音も拾える。インターフォンで連絡できるから何かあれば言ってくれればいい。無事にやり過ごしたら部屋から出る。それだけだ、簡単だろう?」  自分の声に阿る(おもね)ような甘ったるさが滲んでいることに牧野は苛立った。目の前のΩを喰らいたいが為に取り入ろうとしている浅ましい自分。最悪だ。 「立ってくれ」  隆俊は動かない。 「立てと言っている!」  隆俊はノロノロと顔を上げた。すでに瞳が潤みはじめており、ぎりぎりのタイミングであることを牧野は悟った。 「手を掴んで引っ張るぞ。どういうことかわかるな?触れたら最後だ。俺は間違いなくお前を犯す。ここにいる男達全員がそうする。命を失いかねない」  牧野は隆俊が何を望んでいるのか理解した。隆俊は死にたがっている……。 「お前に何かを望む権利はない!ましてや死ぬなど俺が許さない!」  隆俊はヒートの力を利用しようとしたが見破られたことに落胆した。牧野に手を貸すのはごめんだし、武器にするために自分を身ごもった母親の顔は二度と見たくなかった。Ωとして蔑まれる人生に未来はない。ここで死ぬことができれば牧野の鼻を明かすことができる。だが牧野は踏みとどまった。  牧野はメンバーに刃物や自殺の道具になりそうなものをすべて部屋の外に出すように言った。果物ナイフ、プラスチックのカトラリーが取り除かれる。用意された食料は食器を使わないゼリー飲料やプロテインバーという味気ない物だけが残った。 「木下さんを連れて来てくれ」  牧野が呼んだ木下は80歳間近の女性だった。隆俊に心を動かされたとしても襲い掛かることはできない。それに隆俊は老婆に暴力をふるえるような人間ではなかった。  隆俊は潤んだ瞳に絶望の色を湛え、老婆に手をひかれパニックルームに行くしかなかった。

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