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第1話

 久しぶりに学生時代の友人たちとの飲み会に参加したのは、何というか単なる気まぐれというか暇潰しだ。  一年半ほど付き合った恋人とつい最近別れたばかりの灰原真也(はいばらしんや)は、なんとなくクサクサしたようなどこか寂しいような沈みがちな気持ちを紛らわせたい気分だった。  大学時代の友人とはどちらかといえば浅く広くの付き合い。真也は元々誰かと深く付き合うことを面倒だと思うタイプである。  人は人、自分は自分。浅く広くというほどでもないが、波風立てない程度にサラッと付き合うくらいが調度いいと思っている。 「灰原、もう帰んのかよ?」  二次会で次の店へ移動という自然なタイミングを見計らって皆から離れると、それに気づいた友人に声を掛けられた。 「ああ。明日早くて」 「は? 明日って土曜だろー?」 「ん。休出ってやつ。またな」  そう言って友人に軽く手を振って(きびす)を返した。  午後十時過ぎ。  結果、参加した飲み会はたいした気晴らしにもならず、恋人の有無をしつこいほど問いただされ、出来たばかりの傷口をさらに(えぐ)っただけに終わった。  故に、消化不良。どこかで飲んで行こうかとも思ったが、普段行き慣れた店は今夜の目的には合わず、真也は駅前に停まっているタクシーに乗り込んで自宅マンションのある町名を運転手に告げた。  タクシーの後部座席にもたれ、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。  繁華街を抜けると、途端に辺りが暗くなるのは田舎町ならではの風景だ。そんな田舎風情が嫌いなわけじゃない。ネオンで派手にキラキラした街の中よりはむしろ落ちつく。その薄暗い闇に自分自身が溶けていけるような気がするからだ。   タクシーはその田舎町の中でも比較的賑やかな大通りを走って行く。週末とはいえ、所詮は田舎町の道路は閑散としている。道路の端にどこでも見かけるような全国チェーンのハンバーガーショップや、ファミレス、焼肉屋が立ち並んでいる。  その賑やかな通り沿いに粋な雰囲気の真也のお気に入りの定食屋がある。タクシーの車内から店の明りが灯っているのを確認すると、 「あ。すみません。やっぱ、その先で降ります」  慌ててそう運転手に告げ、真也はタクシーを降りた。 「確か週末は遅くまで営業してるって言ってたな……」  そう呟いて、通りを渡り店の前に立つ。紺地に白で“くろかわ”と書かれた暖簾(のれん)をくぐる前に、店先の看板で営業時間を確認。  【金・土曜 22:00~24:00までBar営業】  その文字を指差しで確認してから、改めて店の格子戸に手を掛けた。  カラカラカラ……と響く戸の開閉音。  暖簾をくぐると、店の店主が真也を見て「いらっしゃい」と表情を崩した。 「──灰原くん悪い。いまカウンターしか空いてないけどいい?」 「あ、はい」  どうせ一人だ。一人飲みにはむしろカウンターのほうが助かる。  “くろかわ”の店主がなぜたまに寄る程度の自分の名前を覚えているのかといえば、それは真也がこの店の常連客である青野日南子(あおのひなこ)の同僚であるからだ。  この店を訪れたきっかけは、入社間もない頃に研修で世話になっていた先輩社員の日南子と仕事帰りにこの店で食事をしたのがその始め。たまたまこの店の近所に住んでいる日南子に「お薦めのお店があるから!」と連れて来られて以来、その雰囲気が気に入って一人で何度か顔を出している。 「何飲む?」 「──とりあえず、ビールを」 「あいよ」  店主の黒川巽(くろかわたつみ)がニッと微笑んで、慣れた手つきでサーバーからグラスにビールを注いで、それを真也の目の前に置いた。  たまたま隣に座っていたスーツ姿の中年の男が「お疲れ」と真也のほうへグラスを傾けたのでそれに(なら)った。  改めて隣の席に掛けている男を見ると、真也自身その男に見覚えがあった。確か店主の黒川とは旧知の仲とかで、真也が何度か食事に来た際にもこのカウンター席で黒川と親しそうにしていた。 「赤松、会ったことあったか? 彼、青ちゃんと同じ職場の灰原くん」  黒川がさりげなく自分を男に紹介したので、真也も軽く頭を下げて会釈をした。  なんでも週に二日はこの店に顔を出すという常連客の青野日南子はこの店では“青ちゃん”と呼ばれている。  黒川の口ぶりからしてこの男もどうやら日南子と知り合いのようであった。 「灰原です」 「俺は赤松。赤松恭匡(あかまつやすまさ)。こいつ──黒川とは以前職場が一緒で」  そう言って笑った赤松という男の笑顔はとても人懐こく、その印象は悪くなかった。  歳はたぶん黒川と同じ三十代後半。趣味のいい上質なスーツを嫌みなく着こなし、どこか名の知れた企業に勤めているのだろうか。服装から髪型に至るまで身だしなみには人一倍気を使っている様子が窺えた。 「青ちゃんと職場一緒ってことは、オリオン事務機だろ? 青ちゃんは店舗勤務だって言ってたけど、灰原くんは何やってんの」 「俺は営業です」 「ああ、なるほど。なんとなくそれっぽい雰囲気あるなぁ」  真也を見てから自然に目を細めたその赤松の目尻の皺に、彼の人の良さが表れている──と思った。  これがこの男、赤松との出逢い。

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