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第2話

 この赤松という男には不思議な魅力があった。  年齢は真也とはひとまわり以上も離れているのに、それを感じさせない若々しさと言葉のチョイス。軽口を叩いている割にその言葉に軽薄さは感じられず、その反対に殊更真面目な言葉にも押しつけがましさや、説教臭さがない。  普通なら気構えしそうな年齢差も、赤松のその気さくな人柄がそれをさせず、どこか真也を惹き付けた。  何度か店で顔を合わせるうちに、自然と隣で一緒に酒を飲む機会も増えた。  毎度交わされるたわいのない会話。特別な話をするわけではないが、カウンターを挟み、赤松と黒川──そこに加わる自分とで交わされる会話に不思議な心地良さを感じるようになっていた。 「灰原くん。最近よく来てくれるよな」  黒川が掛けている黒縁眼鏡を中指で押さえながら嬉しそうに言った。  ガタイも良く、顔もどちらかといえば強面なうえに薄く貯えた顎髭。洗練された赤松に比べやや無骨な印象を受けるものの、その笑った顔などは意外にも柔らかく、彼の作る料理はとても優しく温かく真也の胃袋を癒す。  元々店の雰囲気が気に入っていたのもあるが、そんな彼の料理を目当てに一人でこの店に寄ることも増えた。 「黒川さんの飯、旨いっすから。一人暮らしだと自炊が億劫でコンビニ飯多くなるじゃないすか。こういう家庭料理的なヤツ、すげぇ食いたくなるんすよね」  “くろかわ”に真也が訪れるきっかけをくれた先輩の日南子がこの店を強く薦めて来た理由もいまならば分かる。 「青野さん、最近来ます?」 「──ああ。確か一昨日来た」 「はは。相変わらずなんすね」 「こんな店に足繁く通ってくれるなんてありがたい話だけどなー」  相変わらず日南子はこの店に通い詰めているらしい。真也も偶然鉢合わせした事があるが、最近はめっきりだ。  以前、日南子とは勤務店が同じだったのだが、真也が異動でいまの勤務店になってからは同じ職場とはいえ顔を合わせる機会も激減し、こうして黒川に彼女の近況を訊ねることも珍しいことではなくなった。  “くろかわ”は何年か前に先代から今の店主に代変わりし、リニューアルオープンしたのだと日南子から聞いたことがある。彼女はその先代の頃からの常連だったらしく、現在の店主の黒川とも仲がいい。 「赤松さんは? 最近会いませんけど……」  なにげなくそう訊ねた。事実ここ数カ月もの間、真也自身赤松の姿を見ていない。 「あ──ちょっとな。今いろいろ大変らしくて」  黒川が言葉を濁すように答えた。  あまり詮索されたくないことなのだろう。営業という仕事柄、日々いろんな人間に出会う。多くの人間と接する機会が多い分、知らず知らずのうちに相手を窺う観察眼が身に付いた。 その辺の空気は読めるし、読むほうだ。真也はそこから先を黒川に訊ねることはしなかった。  何度か店に通ううち黒川がポツリポツリと溢したのは、赤松が現在離婚問題でバタバタしているということだけ。 「……マジですか」  真也にとって、それは思いもよらない事だった。  赤松との会話の最中、当然のことながら時折世間話程度にプライベートに触れることもあった。彼が既婚者だということはもちろん知ってはいたが、赤松の話ぶりからその夫婦関係はとても良好であるように思えた。

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