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第3話
真也が赤松に会ったのは、それから暫くしてからの事だった。
その日偶然“くろかわ”に立ち寄った際、いつものようにカウンターで隣り合わせた赤松は、普段の姿からは想像もできないほどベロベロに酔い潰れていた。
たまたま真也が店に寄ったのが週末のバー営業の真っ最中。普段ならそろそろ店じまいという頃愛だが、店内は大勢の客で賑わい大学生のバイトスタッフが接客に追われていた。
「──どうしたんすか、これ」
カウンターに立つ黒川に赤松の様子を訊ねると、ああ……と小さく相槌を打った彼が困ったような顔で微笑んだ。
店のカウンターに突っ伏して管を巻く中年男。むくと頭を上げた赤松が、真也の顔を見るなり訳の分からない言い掛かりで絡んで来た。
「お。灰原? 何だおまえ、ちょっとこっち来いや」
「おい、コラ! 赤松やめろって──!」
「ちょっ、赤松さん⁉」
こんな赤松を見るのは初めてだった。
真也が知る限り、赤松はいつも余裕で真也なんかよりずっと大人であった。
確かに酒は特別強いほうではないが、だからと言って決して自分を見失ったりはしない。ほろ酔い程度で軽く絡むことはあるが、ここまで酔いつぶれ、醜態を晒すような彼の姿はある意味衝撃的であった。
「悪い、灰原くん。暫くこいつのこと見ててくんねぇかな。……いま店こんなんだし、ちょっと手ぇ放せなくて」
「……はぁ」
黒川の言葉は尤もだった。
「店長! カルーア一つ、カンパリ一つお願いしまーす」
「あいよぉー」
店は週末のバー営業の真っ最中だ。賑わった店内から次々にオーダーが入り、黒川も店のバイトも正に手が放せない状態であるのは素人目にも一目瞭然。自分が黒川の立場であったなら、たぶん同じことを頼んだであろう。
けれどもこんな状態の赤松から、バー営業の終了する午前零時まであと一時間もの間、目を離さずにいるというのもなかなか厳しい現実。
仕事柄接待などで酔っ払いの相手に慣れている真也でさえ、できることなら早急に彼の自宅まで送り届けてお役御免被りたいのが本音である。
「帰る」
「──は!?」
赤松が急に何かを思い出したかのように勢いよく立ち上がった。そこまでの勢いは良かったものの、やはり酔っているのかその身体がふらりと揺れるのを黙って見ているわけにもいかず真也は慌てて赤松の腕を支えた。
「黒川さん。赤松さんって家どこなんすか?」
そう訊ねると、黒川がたったいま入ったばかりのオーダーにせわしなく手を動かしながらこちらを見た。
「鶴巻町。ラベンダーテラスってファミレス分かる? その横道入ったトコのマンションなんだけど……」
「ああ。分かりますよ。結構近いじゃないすか」
鶴巻町のファミレスなら、真也が自身のマンションへ帰る際に避けては通れない通り道だ。少し横道に逸れるとしても、近くまで送り届けるくらい大したことはないように思えた。
「もしアレなら──俺が送って行きましょうか? うち本城町なんでちょうどあの辺通りますし」
「いや。それはさすがに悪い──」
「この人こんなだし、送り届けるなら早い方が……っと。あ!!」
そうした黒川との会話の最中にも、真也の腕を振りほどきふらふら店を出ようとする赤松を身体半分ほどで追い掛けると、黒川が「灰原くん、ほんと悪い!」カウンター越しに申し訳なさそうに両手を合わせた。
真也が赤松を追い掛け店を出ると、彼がちょうどタイミング良くタクシーを捕まえたところだった。
このまま一人で帰れるものならそれはそれで構わないが、どうせ真也の自宅も同じ方向だ。送るついでに同乗させて貰おうと、慌ててタクシーに駆け寄った。
「鶴巻まで」
赤松を奥へ押しやって真也は強引に後部座席に乗り込むと、行き先を告げた。隣に座った赤松がシートに深くもたれながら半ば据わったような目で真也を見つめる。
「……灰原もこっち方面?」
「ええ、まぁ」
会話の相手が誰だか分からないほど赤松が酩酊 状態ではない様子に安堵して真也は小さく息を吐く。
「フラフラ危なっかしいんで、家まで付き添いますよ。ファミレス近くのマンションなんですよね? 歩けるようならそこで降ろしますが、無理そうなら部屋まで肩貸します。……どうします?」
真也が訊ねると、赤松がふっと口の端で笑った。同時に濃厚なアルコール臭がタクシーの車内に広がる。
「じゃ、──部屋まで頼むわ」
「手数料でも貰わないとやってらんないすけどね」
「おまえ、顔に似合わずセコイな」
「何すか、顔に似合わずって」
「や。どっちかーてーと、イケメンクールキャラじゃん」
「……何ですかそれ」
なぜか昔から周りに勝手にそうキャラ付けられている。
特に自分をイケメンだと思ったことはないし、元々何に対してもあまり熱くなる性格ではなかったからか、いつの間にか周りに根づいてしまった自身の印象。
いちいち撤回するのも面倒だし、自分自身が実際どんなヤツなのか考えてもよく分からない。
「つか。何で俺がこんな……」
自分でも意外な行動だったとは思う。
人との付き合いは基本当たり障りなくというのがモットー。
余程仲のいい友人でもなければ、厄介な酔っ払いの身元を引き受けるなど普段の自分ならありえないことだ。
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