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第13話

 それからも赤松とはたまに飲みに誘ったり誘われたりを繰り返し、週末にはセックスをするというオプションまでつく関係になり、早一カ月と少し。  元々ただの知り合いというのにも何だかしっくりこなかった赤松との関係は、ますます形容しがたいものになっている。  頻繁に会うほうだが、友達、というのでもなく。ましてセックスはするものの恋人ではなく。そもそも赤松はどういうつもりで自分とそういう関係になり、それを続けているのかが全くの疑問である。  それこそ直球で聞いてしまえばいいのだろうが、肝心な事を訊けないのは、友和と別れた時と同じだ。  人の心の核心部分に迫るのが怖いのは、結局のところ自分を否定されるのが怖いからだ。 「ちょっと真也ぁ! アタシ着替えて来るからチビたち見てて」 「はいはい」  今夜は実家の近所の神社で行われる秋祭り。毎年、その祭の際には実家に帰って来ることと、七つ年上の姉貴の子供である甥たちをその祭に連れていく事をなぜか義務付けられている。  幸い甥たちは真也によく懐き、真也自身もその七歳と五歳になる甥たちを可愛く思っている。祭に連れて行くくらいは喜んでする。  日が沈むとずいぶん涼しくなってくる。待ちきれなくてすでに靴を履き玄関に座りこんだ甥が、真也に訊ねた。 「ねー、真ちゃん! お祭りリンゴ飴買えるかなー?」 「買えるだろ。去年も屋台出てたろ。今年もきっとある」 「真ちゃんにも買ってあげるからね」 「はは。俺にも? 優しいな、ケンタは」  そうこうしているうちに着替えを済ませた姉が、下の甥のコウタを抱きかかえて玄関にやってきた。 「ママ遅-い!」 「ごめんごめん。じゃ、行こうか」 「僕、真ちゃんと手繋いで行くー!」  そう言ったケンタに手を伸ばすと、小さな手がギュッと真也の手を握り返した。  秋祭りが行われている神社は真也の実家から徒歩十分ほどの大通り。ちょうど“くろかわ”なども立ち並ぶ賑やかな通りが通行止めになり、道路の端に出店が立ち並ぶ。各町から屋台が集まり、それを引く祭の参加者が賑やかに通りを練り歩く。  真也も子供の頃はこの祭に参加していた。地元の祭りということで、通りを歩いているだけで毎年数人の同級生と顔を合わせる。 「真ちゃん! リンゴ飴あったー!」  ケンタが真也の手を引く。 「こら。急に走るな、危ないから」  大勢の人で賑わった大通り。小さな子供などは、一度人波に飲まれたらもみくちゃにされてしまいそうだ。 「真ちゃん。進めない。抱っこしてー」 「マジか。つかおまえ小学生んなっただろ」 「だって人いっぱいで歩けないもん」  確かにこの人混みで怪我をされるよりマシだと、ひょいとケンタを抱き上げた。小さいころから真也に懐き、こうして甥を抱き上げることも珍しい事ではないが、その重みで甥の成長を実感する。 「重っ」 「真ちゃん、男の子でしょ。パパなんてヒョーイって抱っこ出来るよ?」 「……だろうね」  本物の父親と比べられても、と突っ込みたい言葉を真也は笑いながら飲み込んだ。   出店でケンタにリンゴ飴を買ってやり、いつの間にかはぐれた姉たちを探しきょろきょろと辺りを見渡していると、“くろかわ”から少し離れたところにある小さな電気屋の前で偶然にも普段とは雰囲気の違う日南子の姿を見掛けた。  日南子が近所に住んでいる事は知っているし、この祭りを見物に来ていてももちろんおかしくはないのだが、ただ見物に来たにしては浴衣など着て随分とめかしこんでいる。  チラと見えた日南子がほんのり頬を染め、照れくさそうに誰かに手を引かれ前を歩いている。その前を歩き彼女の手を引く相手が黒川であるということに、意外にも驚きは少なかった。 「……なーんだ。マジ、そういうことかよ」  今までの赤松の読みは、案外的外れではなかったという事だ。 「普通に恋人みたいじゃん……」  職場や“くろかわ”で普段から彼女が見せている顔とはあきらかに違って見えた。遠くからではあるが、隣を歩く黒川と楽しそうに笑い合う姿。あれはどうみても黒川に好意があるように見える。 「あ! 真也! 良かった見つかって!」  ふいに肩を叩かれ振り向くと、そこに姉が立っていた。 「……ああ。悪い。ケンタがリンゴ飴食いたいって買いに行ってた」 「ごめん。こっちはこっちでチョコバナナまっしぐらで」  姉が苦笑いを返した。 「つか。姉ちゃん、顔にチョコついてる」 「えー!? やだ! 手に持ってたの当たったのかしら」 「コウタの口まわりも酷でぇな」  そう言って姉と、話を聞いていたケンタと顔を見合わせて吹き出した。  ふと視線を戻すと、さっきの場所にもう日南子と黒川はいなかった。  わざわざ赤松が世話を焼くまでもなく、すでにいい関係に発展しそうなところまで来ている二人を黙って見守ることが楽しみにさえなってきた。  案外、お似合いなのかもしれない。さっきの二人の雰囲気は悪くなかった、と思い出し笑いをしながら、甥を抱きかかえたまま人混みの中を歩いた。

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