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第14話
「青野ー、電気お願い」
「あ。はーい!」
久しぶりに本店に届け物をした帰りの事務所の中、真也は偶然店を閉めたばかりの日南子とその先輩社員の雪美と顔を合わせた。つい半年ほど前までは本店であるこの美原店勤務だったため、雪美とも当然良く知った仲だ。新人研修時代、二人に店舗業務を叩き込まれたと言っても過言ではない。
「お疲れっす」
「あれー? 灰原じゃん。何してんのー?」
「ちょっと野暮用で。藤倉さんから頼まれてた商品こっちに届けに」
「へぇー。そうなんだ。あ、そーだっ! あんた今から暇?」
雪美が訊ねた。
「は? 何か用ですか?」
「これから青野とご飯行くんだけど、一緒にどう? あ、奢んないけどね」
どうせこのまま帰るにしても一人飯だろうし、久しぶりにこの賑やかな先輩たちと食事をするのも悪くないと思った。
「や。いいっすけど──、どこ行くか決まってんすか?」
真也が訊ねると、日南子が瞳をくるんとさせた。
「ううん? 全然。灰原くん、希望ある?」
「そーすね。じゃあ“くろかわ”でも行きませんか? 俺も青野さんも家近くてラクだし」
「──て! あんた都合かい!!」
雪美がすかさず突っ込んでくるのは想定済みだ。
あえて“くろかわ”と提案したのは、あの秋祭りの後二人がどうなったかという興味もあった。あの夜の日南子を見れば彼女のほうの好意は明白だが、二人きりで会ったということはたぶん黒川のほうにも何らかの好意があったはず。それがどんな変化を遂げたのか見てみたいと思ったからだ。
「青野。灰原行きたいって! ……そろそろいいんじゃないの? 今日は連れ二人もいるんだから。あんたも限界でしょう」
「……う、」
日南子が一瞬言葉に詰まったことに、真也は小首を傾げた。
「あれ。青野さん最近は行ってないんすか?」
「ああ、うん。ちょっと……ね」
日南子が何かを誤魔化すように笑うのを怪訝な顔で見つめた。雪美がその場を離れた隙に小声で訊ねる。
「何か、まずかったっすか?」
「あー、いいの! まずくないまずくない!」
「そーいや。この間見掛けましたよ? この間の秋祭り黒川さんと行ったんすか?」
何気なく訊ねると、日南子がハッと顔色を変え、真也を事務所の隅に引っ張った。
「なんで、それ!」
「だから。見掛けたんですって。俺、実家あの近所なんで、姉貴の子供ら連れてふらっと出た時に。浴衣なんか着てデートだったんすか?」
そう言った瞬間、日南子の顔が驚くほど引き攣った。
さすがに何らかの地雷を踏んだことに気づいた真也は、慌てて小声で言葉を続ける。
「すいません。触れちゃまずかったっすか。いい雰囲気に見えたんでてっきり……」
「……いい雰囲気どころか嫌われたかも」
彼女はそれ以上のことは言わなかったが、あの祭の夜二人に何かあったこと。それによって日南子が“くろかわ”に顔を出しにくい状況になっていることだけは察することができた。
「つか。いいんすか? じゃ“くろかわ”行くの気まずいんじゃ……」
「うん。それはそうなんだけど──」
日南子が迷いながらも言葉を選んでいる様子を黙ったまま見つめた。
「でも。このままじゃ、嫌だから……! 一人じゃ怖いけど、二人がいたら大丈夫な気がするから」
何があったのかは分からないが、ただ漠然と思った。この日南子と黒川のぎくしゃくした姿などあまり見たいものではないな、と。
「こんばんはー」
「お。いらっしゃい。珍しい組み合わせだな」
店の暖簾をくぐるなり、真也と雪美にそう声を掛けた黒川本人は普段と何ら変わりないように見えた。
真也たちが店に入り、そのあとに日南子が続く。普段なら日南子が先頭切って店に入るという点で、すでに限りなく不自然である。一体二人に何があったのだろう?
「お。おかえり、青ちゃん」
と自然に日南子に声を掛ける黒川の対応はさすが大人だと思う。たぶん事情を知っているだろう雪美がカウンター席を避けてテーブル席に着いた。そのあたりの気の利かせ方は雪美も心得ているようだ。
「とりあえずー、ビールとチキンカツ定。灰原は?」
「俺は豚生姜焼きで」
「青野は?」
「私は焼き魚にします」
その後は久しぶりに揃った顔ぶれでただ楽しく食事をし、日南子も最初のうちはぎこちなかったものの、三人で話しているうちにだいぶいつもの感じを取り戻し、ラストオーダーを過ぎる頃に皆揃って席を立った。
「俺も帰りますけど、青野さんどうします?」
「──あ、うん」
こういう場合、いつもなら真也が日南子を通りの角まで送るのが常だが、日南子と黒川に何か事情がありそうなのを察しているだけに念のため日南子に訊ねた。
「私は、──もう少しいる」
「灰原くん、平気だよ。俺、送ってくし」
急に顔をこわばらせた日南子が少し心配ではあったが、二人で何か話すべきことがあるのだろうと、雪美が店を出たのを追うように真也もそのまま店を後にした。
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