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第1話
「―桜舞い散るこの季節に…」
壇上に立つ、少しハゲの光った校長が大きな紙を手に話を始める。真新しい制服に、初々しさが目立つ高校の入学式。周りには知らない人たちばかりで緊張しているせいか、元々貧血持ちだったせいなのか、こんな日に限ってひどい貧血で、まだ校長の話が始まったばかりなのに頭がフラフラし出した。気を落ち着かせようと顔を上げれば、換気のために開かれた体育館の入り口から大きな桜の木が視界の端に映る。そよそよと心地よい風に吹かれて、白い塊が揺れていた。
誰かいる…。
人が並んで二人分くらいの大きさの幹にもたれ掛かるのは、白衣を着た男性だ。寝ているのか、ピクリとも動かない。生徒から丸見えなところで先生が寝るなよなぁ、と毒を吐いてどうにか頭痛を紛らわせようとした。
「我が校の教育理念は…」
どうして校長の話というのは概してこうも長いのか。もうすぐ十分とたつのにまだ終わる気配はしない。誰一人ちゃんと聞いていない中、話を続けている校長がいつもなら不憫になってくるのだが、生憎頭痛のせいでそうもいかなかった。
「なっげぇなぁ、オイ」
後ろから聞こえてくるつぶやきに内心頷きながらポケットに手を伸ばしたが、中身には何にも入っていない。お目当ての物が入っていないことに気づいて、俺はガックリとうなだれた。毎日持ち歩いているはずの薬を忘れてしまったみたいだ。水無しで飲めるこの薬に、俺は何度も救われてきた。文化祭、運動会、中学の卒業式、それに入試。お守り代わりに持ち歩いている節もあったので、薬がないことが分かった途端また頭痛がひどくなったような気がした。
起伏を描きながらも、段々強くなってくる頭痛に思わず顔を顰めながら下を向く。刹那、ぐにゃりと揺らめいた視界から色が抜けた。体育館の床も、自分の靴下の色もなくなって、俺はぎゅぅっと力を込めてこめかみを抑える。
「おい、大丈夫か?」
隣に立っていた男が心配そうに尋ねてきたが、何も答えられなくてただぎゅっと口を噤んだ。ユラユラする視界の中では、自分の足でちゃんと立てているのかという分別ができない。万華鏡のように揺れと頭痛、更には酔いまでプラスされて俺はまだ入学式が始まって二十分とたっていないのに満身創痍だ。終いには体を支えきれなくなって、バタンと倒れたような。しかし俺にはその時意識が全くなくて、何が起きたのかわからなかった。
記憶に残っているのは、たばこの匂い。
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