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第2話 王子様とのキスは、性犯罪
ほんのり、額に熱を感じた。少しずつ浮上していく意識に、すぅっと馴染んでいく誰かの体温。うっすらとまぶたをあげると、眼前に広がる見知らぬ男性の顔に思わず口をハクハクとさせた。
「…起こしちゃった?」
「な、な…」
キョロキョロと辺りを見回せば、ここはどうやら保健室らしい。ツンと鼻に付く薬剤の匂いと、たばこの匂い。驚いて慌てる俺とは正反対に、白衣の男はにっこりと笑ってみせた。
「体、平気?熱もなさそうだけど、顔色がまだ少し悪いかな」
「は、はぁ…」
「俺は横井翔太、この如月高校の保険医だよ」
頰にかかる髪を鬱陶しそうに耳へかけて彼はそう言った。カチ、コチと音を立てる時計の針はもう十時半を指していて、入学式が始まってから一時間と少したったことを表している。入学式前に配られた要項によれば、もうホームルームが始まっているのだろう。体育館での記憶がほぼないことからして、貧血で倒れたか…。初日から随分やらかしてしまったな、とまだ痛む頭を押さえた。
「頭痛い?」
「…ちょっと」
「申し訳ないけど、保健室に薬は置いてないんだよね」
そう言って横井はパンパンと白衣をはたいて立ち上がる。サっとベッド周りのカーテンを開くと、南向きの大きな窓から眩しい太陽光が入り込んできた。思わず目を細める俺にはお構いなしで、彼はガサゴソと何やらデスクに手を突っ込んでマグカップを二つ取り出す。ミルクティーの茶葉を何粒かテーブルにこぼしながらマグカップに入れた後、慣れた手つきでケトルに水を入れた。その一連の様子をぼぅっと眺めていると、横井は照れたように頰をかいた。
「こういう時はミルクティーに限るよね」
「…はい?」
「俺もさぁ、よく緊張する人だから心落ち着かせるためによくミルクティー飲んでるんだよ」
「保健室でこんなことしててもいいの」
「バレなきゃいいでしょ?」
「俺がバラすかも」
「それは困るなぁ…」
クビにされちゃうよ、と横井がつぶやくのを見ていると体育館で見た桜を思い出す。幹にもたれ、そよ風に吹かれながら心地好さそうに眠っていた白衣の男。入学式での居眠りが許されるのなら、授業中にミルクティーを飲んでもいいということか。
「…でも飲むでしょ?」
そう声をかけられたが、おおっぴらに飲みたいと言うわけにもいかず、俺は返事の代わりに布団を引き上げて顔を隠した。すぅっと空気を吸い込めば、太陽の香りがする。いや、ダニの匂いなんだっけ。
カチ、とお湯が沸く音がしてコポポと何かを注ぐ音がした。少したって、布団越しに頭をポンポンと撫でられる。布団をずらして見れば、横井がマグカップを二つ持ってベッドのそばに立っていた。
「ほら、飲んで」
強引に渡されて(ばつが悪いのでそういうことにする)俺は渋々マグカップを受け取る。体温まで熱が下げられていて、猫舌の俺には飲みやすい熱さになっていた。
「…いただきます」
マグカップを口につけて傾けると、ほどよい甘さのミルクティーが流れ込んでくる。じわぁと広がる熱が凝り固まっていた心を癒してくれたような気がした。
「美味しいでしょ?」
ゴクゴクとあっという間に半分飲み終えた俺に、自信満々そうな顔で横井が言う。悔しいので、半分は残してベッド脇のテーブルに置いた。
「…まぁまぁかな」
さらに悔しいことに、さっきまで俺を苦しめていた頭痛が綺麗さっぱり消えている。薬なしでここまで早く治るのは初めてだった。
クラスに戻れとも言われず、俺は早々に家へ帰ることにした。しんどくなったらいつでもおいで、と横井は笑うので俺はまたあのミルクティーが飲めるなら明日も薬を忘れてこようかな、なんて…。
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