3 / 24

第3話

「入学式、行けなくてごめんなさいね」  母親は俺の方を一度も見ずにそう言った。彼女は自身のネイル直しに忙しいらしい。 「…別にいいよ」 一生懸命爪に何かを塗っている母親の隣を素通りして自室に戻る。大きなため息をついてベッドに倒れ込んだ。 なんだったんだ、あの先生は。目を瞑ると頭に浮かぶのは、あの胡散臭い横井の笑顔だ。 「三保さん、おかえりになったのですか?」 トントン、と扉を叩くのはお手伝いの平江辰だ。彼は俺が小さい頃からずっとこの家にいる。 「帰ったよ」 「気分が優れなくて早退したとの連絡が学校からありましたが、薬はいかがでしょう」 「…いらないよ」 俺の父親の家系は財閥のトップである。江戸から続く伝統的な家柄で、何度か本家と呼ばれる豪勢な家にお邪魔したことがあるが、ずらりと並ぶ綺麗な壺に絵画は幼い俺でも高値がつくだろうと予想できるくらいだ。父親の姉、つまり俺のお婆ちゃんに当たる人物はお金には恵まれていたが、子宝には恵まれず随分と長い間悩んでいたという話も聞いた。結果、養子として俺より一つ年下の男の子が迎え入れられたらしい。子どもが生まれないのなら、俺を後継ぎにしようと母親は言ったが俺は首を縦には振らなかった。 少し前に本家のお爺様が亡くなってから父親は仕事を引き継ぐようになり、よく家を空けるようになったので母親の機嫌も良い。 お手伝いが家にいると言えばみんなが羨ましいとこぼすわけだが、俺にとってお手伝いというのはただ邪魔な存在である。部屋にこもっていたくても、毎時間トントンとノックが鳴るからだ。 「三保さん、入学式はどうでしたか?」 とまぁ、こんな具合に。 「特に…何も」 ぶっきらぼうにそう返事すれば、平江も俺が不機嫌だと気付いて身を引いてくれる。 両親はお見合いで結婚を決めたらしい。母親は勝手に決められた結婚だと愚痴を言い、父親ももう少しお淑やかな女性と結婚したかったと言う。二人仲良くご飯を食べている姿など俺は見たことなく、ましてや二人で出かけているところなんて見たことがない。寝室も別にあって、もはや帰る家は同じであれど別居状態と言える。そんな二人から生まれた俺が可愛がられるわけもなく、ずっと平江に育てられてきた。昔、平江をお父さんと呼び間違えたことがあったが今思えば平江は俺の父親みたいなものかもしれない。 ゴロン、と寝返りを打つとテーブルの上に置いてある家族写真が見える。一見仲睦まじそうに見える写真だが、三人が笑っている写真など一枚しかない。あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろう。

ともだちにシェアしよう!