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第24話
甘い香りが漂ってきて、そういえばお昼を食べていないことを思い出す。くぅ、と小さくお腹が音を立てたので俺は腹をさすった。
「あ、先輩じゃないですか、お久しぶりです」
レジ前に立っているのは、少し長い髪を横で結った男。髪色は金髪で薄く、太陽の光に反射してキラキラしている。
「久しぶり、早苗」
知り合いなのか、横井が隣で手をあげる。早苗と呼ばれた店員はふふふ、と小さく笑い、「あのお席へどうぞ」と案内してくれた。
店内はこじんまりとしており、可愛らしい木造の椅子やテーブルが揃えられている。窓際に並ぶテディベアに、フランス人形。まるで絵本の世界だ。
「三保、ほらこっち」
鬼灯のように丸く膨らんだ電灯をこんなのどこに売ってたんだろう、とじぃと見つめていると既に席に座った横井に呼ばれる。横井の向かい席に腰を下ろして、今度はテーブルの上に置かれたメニューをじぃと見つめた。
「キャラメルフラペチーノが一番のおすすめだよ」
メニューを見つめていた俺に横井がそう言った。本当だ、自家製のキャラメルをふんだんに使ったフラペチーノは甘いものが好きな人にはイチオシ!と書かれている。
「…じゃぁ、これで」
おすすめと言われているなら、と言えば横井が厨房で皿を拭いていた早苗さんに声をかけた。
「早苗、キャラメルフラペチーノ二つ!」
「はーい、かしこまりました」
「知り合い?」
「高校の後輩だよ」
「…ふぅん」
「変なこと考えてないだろうね?」
「考えてないよ」
うそ、考えてた。横井と早苗さん、二人の距離感が何だか異様に近く見えて仕方ない。変な風に思わせぶりな態度を取られるものだから、困る。早苗さん、綺麗だし。
「はい、どうぞ」
悶々と考え込んでいると、すっと横からマグカップを差し出される。はちみつとピーナッツ、あとなんの香りだろう。大きなホイップが巻かれていて、その上にちょこんと真っ赤なイチゴが乗っている。え、と顔をあげればパチンと横井とは比べ物にならないくらい上手なウィンクをした早苗さんが「サービスだよ」と言った。
「翔太先輩が人連れてくるなんて珍しいからね…それに、猫まで被っちゃって」
「猫…?」
早苗さんの一言に首をかしげると、また早苗さんがうふふと笑った。
「あんまり言わないでくれるかな」
「あの先輩もいいなぁって思いますケド」
「うるせぇ」
聞いたことのないくらいかなりドスの効いた声だ。驚いて横井を見れば、彼は居心地悪そうに口を曲げていた。
「素、出てますよ」
「お前が出させたんだろうがッ」
突然横井が早苗さんの腕を掴もうと手を伸ばしたが、早苗さんはいとも簡単にそれを避けてみせた。ほぉ、とそれをキャラメルフラペチーノを飲みながら眺める。
「俺、まだあの写真持ってるんですよね」
エプロンから早苗さんは携帯を取り出して、少し操作してからこちらに画面を向けた。中指を立てて威嚇する今より少し顔の幼い横井の写真がそこにはあって。
「あっ、てめっ、ふざけんな!まだ持ってやがんのかよ!」
ばん、とテーブルを叩いて横井が立ち上がる。まぁまぁ、と早苗さんは驚くそぶりも見せずに彼を宥めてみせた。
「いいじゃないですか、記念ですよ記念」
またふふふ、と笑みを浮かべる早苗さんと悔しそうに歯ぎしりをする横井を見比べて俺は再度首を傾げる。
「あぁ、もう。…三保、まぁ気にすんな」
「この人の高校の時のあだ名知ってる?暴れ熊だからね」
「…アバレグマ」
「高校の教師に喧嘩売って退学になりそうだったからね」
「…タイガク」
「高校の女子生徒全員抱いたっていうウワサもあったし」
「…ダイタ」
早苗さんの口からは、似合わない言葉がポンポンと飛び交って俺はそれを小さな声で復唱した。復唱しても理解できないので、補足を求めるように横井を見るが、目を逸らされてしまった。
「ぁー…、わ、若気の至りってヤツだよ」
ぽりぽりと頭を掻いて横井が言う。そして、やっとの思いで早苗さんから携帯を取り返した横井は瞬時にその写真を削除した。
「今では王子様って呼ばれてるのにね」
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