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第23話
平江の様子を伺いながら、朝食のトーストに齧り付く。いつもと変わらず平江は俺が食べている間後ろで待機しており、毎日感じていた平江の視線の中に、何か妙なものを感じた。
「ひ、平江…」
「なんでしょう?」
「…紅茶、おかわり」
「かしこまりました」
すっと前に出て、紅茶を注いでくれる。貼り付けられた笑みが気味悪い。その視線から逃れるように、俺は携帯を開いた。
『横井に連絡先聞かれたから教えておいた!』
目に飛び込んできたのは蓮からのメールだ。え、と思わず声を漏らすとポンと可愛らしい芝犬が吠えるスタンプも送られてくる。それに続いて、携帯が振動した。
『おはよう、三保。亜久津くんから連絡先を聞いたよ』
「…どうなさいました?」
携帯を見つめたまま固まった俺に、紅茶を淹れ終えた平江が言った。すぐさま携帯を閉じてなんでもないふりを装う。
「…べ、別に」
訝しげにこちらを見るので、俺は誤魔化すように紅茶を啜った。口の中にまろやかな甘みが広がっていく。すぅっと息を吸い込めば、なんの紅茶だろう、花やら果物やら色んなものが混ざった香りがした。…昔、飲んだことあるような、そんな懐かしい味だった。
横井からのメールに返信したのは朝食を食べ終えて、自室でゴロゴロしている時だ。ぶっきらぼうに、何か用?と返信すれば冷たいなぁ〜なんてすぐ返信が来る。レスポンスが早いので、暇だった俺たちはそのまま他愛もない話を続けた。近所の野良猫に最近餌をやり始めた、だとかそんなくだらない話。横井は聞き上手で話上手だ。だからぽんぽんと話を続けるうちに、なんの前触れもなく俺はぽんと今朝の話をした。
『…それは危ないんじゃない?』
トーンの変わった返信に、やっと俺はする必要もない話をしてしまったことに気づく。はっ、と顔を上げて数分前の自分のメールを見れば『お手伝いさんの部屋に大量の俺の写真があった』なんて書かれていた。
『小さい頃からずっといるから平気だよ』
『三保が心配だよ。今どこにいるの?』
『大袈裟だなぁ、普通に家だけど』
『出て来れる?ちょうど今近いところにいるんだ』
横井が指定したのは自宅から徒歩数分のカフェだ。家にいても暇だったし、平江が気味悪いのは変わりなかったので気分転換に横井に会ってみるかぁ、と俺は重い腰を上げた。
「三保さん、お出かけですか?」
クローゼットで上着を羽織っていると、後ろから平江が声をかけてくる。うん、と頷けばどこに?いつ帰ってくるの?と質問を投げかけてくるので俺はただすぐ戻ると簡潔に伝えて家を飛び出した。春になったというのに外はまだ寒い。風が冷たいし、桜が咲いているのに雪が降った地域もあったという。ポケットに手を突っ込んで、風を避けるように下を向く。もう少し分厚い上着を着てくればよかった、と後悔しながら歩いていると前方から「三保、」と声がした。顔を上げると、薄手のカーディガンを羽織っただけの、いかにも寒そうな格好で横井が店の前に立っている。いつもは白衣に隠れているすらっと長い足にただのジーパンが映えていて、羨ましい。
「おはよう、三保。色々と大丈夫?」
「おはよ…別にそんな気にすることじゃ」
「おかしいでしょ、とりあえず中入って」
そう言って横井はカフェの扉を開いてくれた。
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