「でもさ、どんなに頑張ってもおっぱいの数は増やしてやれないよね？」 　丸くなった氷を鳴らしながら、悔しそうな顔をして相方が笑う。 「そんなにおっぱい、羨ましかったの？」 　この負けず嫌いめ！　 　ーーーあれ？ 「いや、羨ましいのはおっぱいよりも、ね？」 　ーーーいつの間にスイッチが入ったんだ？ 　梅酒よりも一段と甘い香りがして軽い眩暈がした。 　ゆっくりとラグの上を這って、香りの出所が近付いて来る。数センチだけ後退(あとずさ)ってみたものの、ソファーに退路を阻まれた。潤んだ瞳に射られた俺は一歩も動けず、体温が跳ね上がる。 「ねえ、あの子たち、きっと良いお兄ちゃんになると思わない？」 　ちょ……、待て。いきなりキた？ 　山本(うし)さんちに影響されちゃった？ 　ほんのり朱に染まった目元。オメガの発情臭に本能が捉えられる。狩りはこちらの十八番(おはこ)だろうに、今夜は俺が獲物サイドなのか？ 　照準を合わせたまま、牛歩の速度で躙(にじ)り寄る相方は、既に”お母さん”の顔ではなくなっていた。 「……お前、もう晩酌禁止っ！」 　オメガ男性は非力で、身体が小さくか弱い、なんてのはウソっぱちだ。俺は一生、このパートナーには勝てる気がしない。 　捕食されそうな勢いの唇を躱し、目線は外さずに抱き着いて両腕の自由を奪い取る。鼻先で香り立つ首筋をペロリとひと舐めし、薄れていた歯型に遠慮なく歯を起(た)てた。 　世界最速のチーターが逃げきることが出来ないなんて、この香りはホントに凶暴。 ＜おしまい＞