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序章
千年前に猛威を振るった女性だけにしか蔓延しない病は、食い止められることが出来ず、世界は女性と云う性を失った。
最後に残った独りの女性は様々な国の女性の取り合いに疲れ、子供を独り産み捨てると自害したと伝承では記録にある。
男性のみとなった世界には滅亡しかなかったが、神の奇跡か、或いは人間の進歩か、男性でも子供を産む事の出来る器官をもった子供が独りのみ産まれていた。そう、最後の独りの女性が産み捨てた子供だ。
子供を産む事のできる男性はどの国でも重宝され愛され慈しまれ、子供を産める器官をもった者が増えていった。今ではどの男性でも子供を産む事ができるのだ。
大国の隣にある狭い国、黒之宮源蔵 が治めるフェイ国では自分の魔力と実力に重きを置く国である。力の無いものは何れ子供を孕み産む運命しか待っていない。
親の言葉は絶対で顔の知らぬものと婚姻をするのは当たり前であった。
そもそも婚姻とは家と家を繋ぐものである。家を繋ぐと言うことはお互いの利害が一致しより良い家にするためである。優れた者を後継にし優秀な遺伝子を残したいと思うのは人間の本能だ。
が、二十年前に起こった隣国にある大国との戦争でフェイ国は開国し、今では恋愛結婚をするものも増えている。
だが、まだその数はほんの一握り。
フェイ国の首都ナユラよりはるかに東、王家直属の臣下五大将軍が治める領地サガラ。その隣の領地との境の山奥にてひっそりとその子供は産まれた。今、生まれ出た子供の行く末はまだ分からない。
幸福な人生を歩むのか、修羅なる道に進むのか、それは神のみぞ知る。
***
「ごめんなさい。弱い母を許しておくれ」
淡い紅色の瞳に涙を溜め苦しげに吐かれた言葉はとても小さなものだった。
「矢那 様、お早く。旦那様も屋敷にお戻りになられます。その赤子も捨てるようにおっしゃられているはずです。さ、お早く」
目を吊り上げぴしゃりと言われた言葉に矢那は体を震わせた。矢那の腕に抱かれた赤子はすよすよと気持ちよさそうに寝ている。
「雄娑 、貴方までそのような事……何故、旦那様は……」
雄娑と呼ばれたものがまるで親の敵でもあるように赤子をにらむと籐のカゴを矢那の前に突き出す。
籐のカゴには小さな暖かそうな布が敷き詰められている。
「これに入れてくださいませ。お早く!」
矢那はぎゅっと赤子を抱きしめるとそっとカゴの中に赤子を寝かせた。惜しむように赤子の頬を撫でると屈みこんでその手に泥をつける。その泥を赤子の顔や髪に塗りこめると涙を一つぽろり零す。
「どうか、どうか、お優しい人の元へ行っておくれ。こんな残酷な母ではなくお優しい人の元へ……」
雄娑からカゴを受け取り川の縁に立つと赤子の入ったカゴを流した。
「どうか、どうか、健やかに……」
矢那は流れていくカゴをいつまでも見ていた。
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