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拾われた赤子

 黒く長い腰まである髪を一つに束ねた男が山道を歩いていた。 「おぎゃああ おぎゃああ」  どこからともなく聞こえてくる赤子の声にそっと耳を傾ける。 「ん? 今、赤子の泣き声がしたように思ったが……空耳か?」  近くに川が流れているのか、川のせせらぎの音に遮られて赤子の泣き声が聞こえてくることはない。来た道を振り返り、首を傾げると男はまたスタスタと歩き始めた。 「おぎゃあ」  ピタリと足を止め、男が辺りを見渡す。 「やはり、空耳ではないな。確かに今赤子の泣き声が聞こえた」  赤子の声が小さくなっているのか、それとも男が遠ざかってしまっているのか、どちらか分からないが、ひそかに聞こえてきた赤子の泣き声。男は来た道を戻り耳を澄ませる。 「おぎゃああ おぎゃああ」  聞こえてきた赤子の声は、若干声も小さく聞こえてくる。もしや、誰ぞこんな山奥に赤子を捨ててしまったのか? 酷い事をする親もいるもんだ、と男は思いながらきょろきょろと辺りを探りながら歩く。 「おぎゃあ」  段々と近づいている赤子の泣き声。川の畔に着いたところで男は目を瞠った。川の中に籐のカゴが浮かんでいる。岸に引っかかるようにしていたが、時間がたてば流れてしまうだろう事が予想できる。男は籐のカゴに近づき、カゴの中を見て驚き目を見開いた。 「なんと、弱弱しき赤子だ」  カゴの中で大きな声をあげて泣いているのは、泥で汚れてはいるが、所々に見える白い髪と白い肌は、どう見ても”色無し”。  カゴの中の赤子は色無しの赤子だった。  色無し。  フェイ国で最も力が弱く、そして蔑まれる存在。大体の人間が髪と瞳に自分の持っている魔力の色が現れる。だが、髪も肌も白く、瞳の色が薄いのは魔力の無い証だ。この姿形ならば、親が赤子を見捨ててしまうのも仕方のない事だろう。  何故ならば、色無しは魔力も無く、自分を守るだけの力が有るわけでもない。  実力だけに重きを置くフェイ国では、このように力も何もないような者を育てるような親は少ない。  育てたとしても、成人前に遊郭に売るだけだ。色無しは、力も魔力もないが、容姿だけは優れていることから、遊郭に売られる事が多かった。  男はカゴの中の赤子を見つめ、数分たつとカゴごと赤子を抱き上げた。赤子がピタリと泣き止み、男を見上げてくる。 「なんと綺麗な朱の瞳だ」  男は見上げてくる赤子の瞳の色に感慨の溜息を吐く。これほど綺麗な朱色をしている瞳は見た事が無い。このままここに放置していれば、流されて死んでしまうか、ここで餓死してしまうかのどちらかだ。 「お前、私の子供になるか?」  赤子の頬をつんつんと突こうと指を差し出すと赤子が指を咥えてちゅぱちゅぱと吸ってくる。 「腹が減っているのか。もう少し待てるか? 家についたら牛の乳でも飲ませてやろう」  男は赤子から指を取り戻して腰にかけてある手拭いで赤子の口を拭い、赤子を大切そうに抱きしめると歩きだした。 ***    家についた男は、台所にある冷蔵庫から小瓶の乳を取出し、赤子を寝かせている居間に戻る。 「む。小瓶では飲みにくいな。ちょっと待ってろよ」  そう言って男が出かけて戻ってくると、男の手には真新しい手拭いを持っていた。小瓶に手拭いを入れ、牛の乳を染み込ませると赤子の口元に持っていく。男の手を抱きしめるように持った赤子が手拭いにちゅぱちゅぱと吸い付いてくる。男は赤子の様子ににこりと微笑むと再度手拭いに牛の乳を染み込ませた。 ***  乳を飲み腹もいっぱいになったのか、赤子はすやすやと寝息を立てている。 「名前がない事にはどうにもならんな。さて、どんな名前が良いか……」  赤子に名前が付けられてるのではないかと、カゴの中を漁ってみたがそれらしきものはなかった。名前が無いのでは、呼びにくいし可哀想だと思った男は赤子に名前を付ける事にした。  腕を組んで考えるも、いい案が出てこない。 「神楽崎……神楽崎……」  男は自分の苗字を繰り返し呼び、考えこんでしまった。 「…ふぇ……っ……おぎゃあああああ」  赤子の大きな泣き声に男はびくりと体を揺らして赤子を見る。 「ああ、起きてしまったか。……いや、起こしてしまったか? 悪い事をしたな」  赤子を抱き上げ、あやすように揺すっていると、赤子が男を見つめてくる。白い顔にある大きな朱色の瞳、それはまるで春に咲く椿のようだ。 「……朱華。そうだ、お前の名は朱華だ。どうだ? 良い名だろ?」  男の声にこたえるように赤子が言葉にならない声を上げる。男の耳にはそれがとても嬉しいと言っているように聞こえ、強く赤子を抱きしめた。 「朱華。お前は神楽崎翡翠(かぐらざきひすい)の息子、神楽崎朱華(かぐらざきしゅか)だ」  淡い翠色の瞳をした目を細め翡翠が微笑んだ。

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