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SCENE4

「なんかあったの?」  ドアを開けた純さんはジャージ姿で、心配そうに俺の顔を見るなりそう言った。  ドアの前で、気持ちも顔も作ったつもりだった。なのに一目で分かるぐらい、俺はひどい顔をしていたらしい。 「ああ……」  思わず漏れる、肯定にも聞こえそうなうめき。  マジでカンベンして欲しかった。だから好きなんだと、思い知らすのはもうやめて欲しい。そんなん言われたら、途端に足から崩れそうになっちまう。 「なんでもねえよ。待たせてごめん」  カッコ悪いとこは絶対見せたくない。左腕だけで純さんの腰を乱暴に引き寄せ、キス。  俺が起こした小さな風が、純さんの香水の残り香を引き連れて、鼻先をかすめていく。背後で重いドアがものすごく遠慮がちに、ゆっくりと閉まる。ガッシャン、と最後に重い金属音。  その音にすらずくっと心臓がうずいて、俺は思っている以上に弱っている自分に気づかされ、内心呆然とする。  キスをやめたくない。だけどいつもみたいな、背筋を震わすほどの欲情が湧き上がってこない。  閉じてる目を、もっとぎゅっと閉じる。自分が泣いてしまいそうな気がして、むやみに怖い。  少し気持ちを立て直す時間が欲しくて、ホテルまで歩いて帰った。メインストリートのケヤキ並木は、どの木も夜空をすっかり埋めてしまうほどに大きく、たくましい。  こんな男になりたいと思った。なにがあろうと、なんでもないようにふるまえる、どっしり落ち着いた包容力のある男に。  だけどこうして、今俺はあっさり純さんに見抜かれて、キスの主導権は握ったまま、頭を子供のように撫でられている。  俺はそんな純さんを、やっぱり少し嫌いで、だからこそ好きだ。 「遅すぎだよ、エッチする約束だったじゃん」  俺を上目遣いに見る瞳が、ホテルの間接照明をほのかに映しこんでしっとりと輝く。キスで濡れた唇が、誘うようにてらりと光る。 「そうだっけ?」 「そうだよ」  応える声は、短い言葉の中に湖のような静けさとせつなさと、それに色っぽいゆらぎをまとっていた。誰もがほめる美声。当然俺もすげえ好きなその声が、一つ一つゆっくり、水滴が落ちるように心に落ちてくる。 「ほら、来て」  純さんは俺の手を引き、部屋の奥へ連れて行く。広い窓は、カーテンが開いたままになっていた。夜景が見下ろせる。きらびやかなのに、どこかつつましい光景。 「きれいだね」  そうつぶやくと純さんは、ベッドサイドのスイッチに手を伸ばし、部屋の明かりを全部消した。ネオンが放つ光が、窓際に立つ俺達をぼんやり照らす。  窓に映る、俺の顔。ひどいなんてもんじゃない。世界の終わりにだって、俺はこんな顔しないだろう。  情けなさすぎて、なんだか笑いたくなってくる。  目の前に映る自分を見つめて、身体の奥から浮き上がってくる感情のまま、笑ってみた。申し訳程度に唇が歪んだのを、俺は見た。ひどいザマだ。 「どんな時でも衰えない性欲が、自慢じゃなかったっけ?」  くすくす笑う、柔らかな声。  純さんは俺を気遣って、無理に聞き出そうとはせず、待ってくれてる。純さんの優しさが、俺を霧のようにじんわりと包んでいるのが分かる。  ああ、俺は……。俺は、このままじゃ……。  サバンナを連れだって歩く、ガリガリに痩せたメスライオンと、草食動物の子供。この前楽屋で、健司に見せられた写真。紙で指を切った時のような、あざやかな痛みと共に、よみがえる。  このままじゃ俺は、純さんをあのメスライオンにしてしまう。  どうしよう、俺はこのままじゃ、純さんと同じ種として生きられない。力をつけていく純さんにまとわりついて、よたよたとついていく草食動物になってしまう。  どうしよう、俺……。どうしたらいいんだ……。  窓に映る純さんを、俺は放心状態で眺めた。 「困ったなあ、凌ちゃんはどうしちゃったのかな?」  からかいあやす、雲みたいな声。たぶん、俺が答えられないことも、純さんは分かってる。  俺の手首をつかんだままだった左手が、ゆっくり肌を伝い落ちるように動いて、俺の手を握った。  その瞬間、遠かった肌の感覚が一気に戻ってくる。胸のあたりが妙に熱い。  俺達は手を繋いでいる。ただそれだけだ。それだけなのに、この瞬間に純さんの血が俺の中に流れこんできたみたいに熱くて、幸福感に目がくらみそうだ。  俺はゆっくりぎこちなく顔を向け、純さんを見た。 「あっ……、え、俺……」  純さんの指が、俺の目尻をそっと拭う。それでようやく、自分が泣いてるのを知った。訳が分からなくなる。俺はこんなことで泣く男だったのか? てかなんで泣くんだ? カッコ悪りい、恥ずかしい。自分で自分が信じられねえ。 「凌ちゃんには涙腺がないのかと思ってた」  俺の涙を拭いながら、純さんはなんだかうれしそうだった。 「なに言ってんの?」  繋いだままの手の甲で、涙を乱暴に拭く。 「俺だって人間だもん、泣く時は泣くんだよ」  そんなありきたりのことしか言えない俺を、純さんは至近距離からまばゆすぎるほどの微笑みで見上げる。気づいたら、俺の両手は純さんにしっかり握られていた。 「なにがあったかは言いたくないんだろうから、エッチしようよ」  目がくらむような感覚はまだ続いていて、俺は純さんの手を握り返す。そうしないと、ここに来たばっかりの時とは別の理由で、崩れてしまう。  やっぱり、純さんこそがライオンだ。純さんはいつもこんなふうに、笑顔で俺を少しだけ突き放して、でも目は離さなかった。自分をライオンだと思った俺は、浅はかなガキだった。  耐え切れず、純さんの身体がきしむ勢いで抱きしめた。そのまま乱暴にベッドに倒れこむ。 「痛か、優しくしろって」  純さんはなにがあったか分からないまま、穏やかで深い笑顔で、俺をしっかり受け止めようとしてくれてる。  よかった。純さんとつきあえて、本当によかった。  動きにくいジャケットを脱ぎ捨て、顔のあちこちに口づける。唇は、一番好きな物を最後まで残しておくように、後回しだ。 「いつもの、意地悪くじらすのと全然違うね」  逆に新鮮でいいなあ、と純さんは無邪気に笑う。 「うるせえなあ。やっぱり好きなんだろ、いじめられんの」  見下ろす純さんの笑顔が、ますますきらめく。 「俺は知ってるからね」  歌うように言い、そっと俺の唇にふれる純さんの指。ぱくりと口にくわえ、フェラを想像させるようないやらしいしゃぶり方をする。  そんな俺を見る目が欲情に潤んでいくのが、きれいでみだらで目を離せない。 「知ってるって、なにを?」  ぽたりと純さんの頬に落ちる、俺の唾液。それを気にすることもなく、俺の口の中の指が誘うようにうごめく。 「たぶんバカにされるから、言わない」  お互い痛いぐらい欲情してるのは分かってて、じらすような会話が続く。これもたぶん、俺達なりの愛情表現。 「じゃ、ずっとこのままでもいい?」  純さんはいたずらっぽく俺を見上げた。 「勝ち目のない勝負はやめときな」  さすが、純さんはよく分かってる。隠したつもりの本心や俺のポーズに、純さんはとっくに気づいてたのかも知れない。いつも、我慢しきれず襲いかかるように仕掛けるのは俺の方だ。 「チェッ」  俺はわざとらしいほどに、顔をしかめた。  でもそれなら、今この想いも遠慮なくぶつけられる。俺が一番得意な愛情表現は、こうして身体を使うことだから。  まず自分が裸になると、純さんのジャージの上とTシャツを脱がせ、それから腰に両手を伸ばす。よく分かってる純さんは、従順に腰を上げた。下着ごとジャージを脱がせる間、少し恥ずかしそうに目を伏せる表情がたまらない。  俺の目の前に無防備にさらされる身体。風呂に入ったばかりだったらしい、湿り気が残る肌を両手でまさぐる。 「あっ……」  耳を舌でもてあそぶ。びくっ、と背中が跳ねて、純さんの身体が崩れ始めるのがよく分かった。  愛撫する俺の手に媚び、少しずつ扇のようにベッドの上に広がる純さんの脚。肉づきのいい尻、腰から背中へのライン。女みたいなしっとりした曲線じゃないけど、欲情を煽る。  まずはじっくり目で味わい、純さんに求められるまま濃厚なキスを交わしながら、身体のラインに沿って両手を滑らせていく。  二人で選び取って、積み重ねた結果が今なんだ。純さんは純さんで、俺の知らないところで健司を振り払ったり、ここ最近の俺みたく悩んで、この関係を守ってきたはずで。 「あ、んっ……、りょうっ……」  たちまちやらしい顔になる純さん。首にしがみついて俺が与える快感を貪欲に味わうのを見て、なんでか安らいだ気持ちになる。  ぱちんぱちんと小気味いい音をさせながら、ぐちゃぐちゃになってた心のパーツが、あるべきところに戻っていく。他人にバレずに気持ちよくエッチできてれば、それでいい。問題ない。そう単純に思ってた自分に、心地よく帰っていく。  ただ、たぶんパーツは前よりもぶ厚くなった、そう思う。つらくなんかない。今は。こんな俺を包んでくれる純さんのために、俺も必死に人間として役者として、成長していくしかない。それだけだ。  さ、思いっきりエッチして、ぐっすり寝るぞ!  内心のバカバカしくも高らかな宣言に基づき、早速純さんを快感で追いつめていく。舌で胸を、左手で硬く熱く濡れてる前を、右手でうずいてる奥を。  これやられたら、人一倍敏感で快感に弱い純さんは、しばらく廃人同然。そこにギンギンの俺をぶちこんで、めちゃくちゃにする。それが俺なりの愛情表現だと思ってもらいたい。 「あ、あ、あっ、うあっ……!」  身体をのけぞらせ、指を俺の肩に食いこませてすがる、伸びきった腕ががくがく震える。よだれたらし放題のモノ、かき回す俺の指に絡みつく内部。もうどこも限界らしい。 「……も、だめ、う、ああっ……!」  出る寸前で、ぎゅっとモノの根元を押さえた。苦しいぐらい快感を長引かせる、これもたぶん俺の愛情。 「死ぬほど気持ちよかやろ?」  真っ赤にとがった突起を舌でもてあそび、内部に入れた指で内壁をえぐる。身体中をひくつかせ、純さんはもう息も絶え絶えだ。かろうじてうなずいたらしい唇からは、かすれたあえぎしか漏れない。  いろんな体液で汚れた顔を、べろべろなめてきれいにする。微妙に伸びたひげがざらりと頬や舌を削る感覚に、背中がぞわぞわした。  完全に理性が飛んだ、恍惚とした顔が俺の唾液でぬらりと光る。いい眺めだ。だらしなく開いた唇が小さく動くのは、俺の名前を繰り返しているらしい。  もういじめるのはやめて、俺も至福を味わうか。でも、純さんとのエッチで至福を感じてるなんて、死んでも言葉にはしない。  それだけは譲れない。この人はすぐ、調子に乗るから。なんてな。  根元から指を離し、上下にそれを扱くと、ひときわ甘く甲高い声を上げ、果てた。俺の胸や腹に白が飛び散る。脱力して抜け殻になった純さんを抱きしめて、俺は気の済むまで唇をむさぼり、純さんと一つになる。  こんなにも確かに、純さんが俺のもんだって思える手段は他にない。まだまだ俺が元気な限り身体で確かめていくから、覚悟しとけよ。 END

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