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1:いつもの朝
背中を撫でられる感覚がして、イリはゆっくりと目を覚ます。なんだろうと思い視線をあげれば、少し色気を含んだ笑みを浮かべながらターリャがイリの方を見ていた。
「んっ、ターリャ、」
「おはよう、イリ」
イリが起きたというのに、ターリャは背中を撫でるのをやめない。
最初は、イリも擽ったそうに笑っていたのに。だんだんとターリャの手に感じてきて。少し頬を赤らめながら、ターリャの寝間着を握る。
そんなイリの姿をターリャは満足げに眺めて、額にそっとキスを落とす。
「んもう、朝から何?ターリャったら」
「イリの寝顔が可愛いのが悪い」
「悪いって。毎日変わらないと思うんだけど、」
少し拗ねた状態でイリが言うが、ターリャはそういうところが可愛いと思うのだ。イリ自身は認めようとしないが。平凡な自分の寝顔のどこが可愛いの?と。
しかし、イリが何と言おうとも、ターリャには可愛く見えるのだ。大好きだから、愛おしいから。
毎朝、目を覚ますといつも最初に瞳に映るイリの寝顔。その寝顔が、穏やかだとホッとする。しかし、イリ自身気づいていないが、たまに辛そうな寝顔を浮かべている時もある。
まだ、過去の記憶がイリを苦しめている。
「ターリャ?」
イリの手が、そっとターリャに触れる。ハッとすれば、イリが心配そうな表情を浮かべてターリャを見ていた。
「――――――イリ」
心配そうな表情を浮かべるイリを安心させるように、優しい声音で名前を呼ぶ。そして、自分の額をイリの額に擦り付けた。これは、狼の獣人の愛情表現で、イリはなれたようにターリャからの行為を受け取る。
「イリ」
「なぁに?ターリャ、」
「今日の夢は、幸せなものだったか?」
そっと額を離すと、イリを見つめながらターリャが問いかける。毎朝、ターリャが欠かさずする問いかけ。
この問いかけに、イリは嘘偽りなく答えてくれる。辛い夢を見た時は辛かったと。幸せな夢を見た時は幸せだったと。
「今日は、すごく幸せな夢を見れたよ。ターリャ」
そう言って笑うイリを抱きしめながら、ターリャは思うのだ。
過去の辛い記憶を消し去ることはできない。だからこそ、イリの記憶を幸せでいっぱいにしてやりたいと思うのだ。
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