2 / 8
2:匂い
「最近、イリから甘い匂いがよくするよね」
ライタがポソリと言った言葉に、イリはキョトンとした表情を浮かべた。ライタの言っている言葉の意味が、よく分からなかったのだ。
「甘い匂い?」
「そう。何て言ったらいいのかな?」
甘い匂いがすると言ったライタも、どう言葉に表していいか迷っているようで。2人して首をかしげていた。
でも、イリ自身もそうなのかなと思う時がある。何せ、ターリャも最近同じことを言うからだ。しかも、とても幸せそうに。
ふとした瞬間、イリの首筋、噛み痕がついている辺りに花を近づけて。そして何度か鼻を鳴らして嗅ぐと、とろけるような笑みを浮かべるのだ。
そして、甘い声で「イリの匂いは甘いな」と言うのだ。そうターリャに言われる度、腰が砕けそうになる。
「イリ。香水とか付け始めたの?」
「ううん。香水は、ターリャが苦手だから付けてない」
「僕も、シャールが僕の匂いが分かんなくなるから付けるなって」
少し頬を染めながら言うライタに、イリもつられて頬を染める。
しばらく、2人で頬を染めて俯いていると、何かが閃いたようにライタが顔を上げた。そしてイリの肩を抱き、満面の笑みを浮かべる。
「イリから甘い匂いがする理由、分かったかも!」
笑顔を浮かべたまま、ライタがその場から離れる。なんなんだとイリが思っていると、ある本を持ってライタが戻ってきた。その本には、Ωについてと書かれていて。どうやら、Ωに関する本らしい。
「確かね、此処に書いてあったんだ。番が出来たΩから、βにも分かる甘い匂いがする理由」
そう言いながら、ライタはパラパラとその本をめくる。どういうことだろう。イリも少し気になって、ライタの後ろから本を覗き込んだ。
何十ページがめくっていると、やっとお目当てのページが見つかったらしい。そのページを、ライタは真剣に読んでいた。
「ほら。やっぱり書いてあった。番のいるΩから、βにも分かるほど甘い匂いがする理由は、いつでも番の子供を孕めますというお知らせなんだって」
よかったねとライタはイリに言ったが、言われた本人は何も返せなかった。ただ真剣に、ライタが開いたページを眺めている。
(だから、ターリャは甘い声を出していたんだ)
自分が、子供を孕める状態になっていたから。自分の子供が出来る状態になったから。ターリャもそれに気づいていて、だから最近よくイリにくっつきたがっていたのか。
「―――イリ?」
心配そうに顔を覗き込んできたライタに、イリは笑顔を見せた。
しかしその日から、イリは1人で夜を過ごすようになった。
ともだちにシェアしよう!