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第9話

柊さんが下腹を押さえて近くのふかふかしたソファーへ腰かける。 俺はどうしたら良いのかと視線をさ迷わせるが、柊さんが自分の横をポンポンと叩くので無言で横に腰かけた。 「湖くんも着替えなきゃいけないのに、ユーリは何してるんだろうね?」 「え!俺も着替えなきゃいけないんですか?」 ふぅと大きく息を吐いた柊さんは呆れた様に俺の方を向いた。 座った事により太股や脇腹がより露に見えてしまう。 多分下着は着けていないため、股間部分が見えてしまうのではないかと俺の方がハラハラする。 そんな格好が正装だと先程告げられたばかりなのに、俺もこの着物に毛の生えたような物を着なくてはならないのかと思うと自然に眉間に皺がよるのが分かる。 むしろこの格好は着物への冒涜だとさえ思えた。 「湖くんはちゃんと…ちゃんとって言い方はおかしいけどこんなにスリット入ってないやつだよ」 「なら安心しました」 柊さんには悪いが正装といいつつこんなにはだけている必要はあるのだろうかと俺は目線を外す。 そんな俺の思っている事を察したのか柊さんが苦笑いしている気配がする。 「これでも布面積が増えた方なんだよ?最初の頃なんて布面積が少なくて胸と股間だけがやっと隠れてるか隠れてないかみたいなのだったし、それでも隣の国の使者の人がそれがこの国の伝統的な正装だったって言うから着て行ってたんだけど…」 言葉に詰まる柊さんが気になって横を向くと相変わらず困った顔をしていた。 小さくうーんと言いながら上を見たり、下を見たりと言葉を選んでいるようだった。 「まぁ、端的に言うと俺が他の国の魔王達に襲われて世継ぎを産むようにせまられちゃってさ。俺は別にそれでも良かったんだけど、ここみたいに世継ぎがとか気にしないところばかりじゃないしそれに普通の魔王って結構長生きだから世継ぎができて成長すると引退するらしいんだよね」 「え?魔王っていっぱい居るんですか?」 「魔界って地球で言うところの“国”みたいに分かれてて、言葉は共通なんだけど文化も習慣も違うから当然考え方も違うよ」 「結構進んだ世界なんですね」 柊さんの言葉に俺は感心してしまった。 魔界と言えばモンスターが蔓延っていて、無法地帯というイメージだったが意外にも自治が存在しているようだった。 「どうしても低級の魔物やモンスター達は知能も低いし短命で倒されたり他種族の餌になりやすいから沢山居るんだけど、中級くらいからは多少知能もあるしある程度繁殖の時期があるんだよね。そこは普通の動物とかと一緒かな」 「へぇ」 「ただ、高位の魔族って呼ばれる種族は個体一人一人の強さがずば抜けてるから繁殖って頻繁にしなくてもいいんだ。このお腹の子供も一応ランクの高いドラゴンの子供なんだよ?」 そう言って柊さんは自分の膨らんだお腹をまた擦る。 お相手はドラゴンなのだと昨日も聞いたが、だからと言って羨ましくもなんともないしドラゴンと言われても自分の思っているドラゴンがこの世界のドラゴンと合致しているのかも怪しい。 俺が首を捻っている間にも柊さんは話を続ける。 「ドラゴンは種族毎に繁殖能力が違うしやっぱり高位のドラゴンはそこまで繁殖能力高くないから個体数も少ないんだよね。冒険者なんかは高位のドラゴンを狙って返り討ちに合うんだけど、たまにまぐれで倒しちゃう奴も出てきちゃうから益々個体数が減っちゃうんだよね」 「まぐれ…」 「一応国の端には俺が人間の頃に放り込まれたダンジョンがあるんだけど、人間だけじゃなくて高位のモンスターにも腕試しみたいな扱いなんだよねぇ。そのダンジョンでうっかり倒されちゃったりするんだよ」 「それは…大変ですね」 そこまでいくと、うっかり倒してしまう人間が現れても不思議ではない。 毎回ダンジョンで出現する個体は別だろうから、人間もドラゴンもお互いに実力不足で倒されてしまうんだろう。 俺が納得してると、柊さんがふふと笑った。 「話が逸れちゃったけど、使者として来た奴が言っていた事が嘘だって後から分かってさ。使者を送ってきた国には二度と人材の提供をしない盟約をして種族の正装ができるようになったのは良いんだけど…俺は魔王だからこの露出多い格好が正装なんだよね」 「そう言えば種族って…」 「俺達異世界人は身体の丈夫な鬼人が多いかな。元々鬼人はこちらの世界にも居たみたいだけど、今は異世界人の子孫の鬼人が多いし、前魔王も鬼人だったみたい」 「へぇ」 俺は思わず額に手を伸ばす。 額から出ている自らの角を触るとスベスベしていた。 そんな俺を見て柊さんは俺の頭を撫でる。 「ふふふ。他の魔王の所には人間のまま魔界に留まってる変わった人間も居るみたいだし、俺達以外の異世界から召喚された人間も人間界には居たりするし、この世界もなかなかカオスなんだよね。因みに鬼人は俺達の世界の日本から来た人がなりやすいし、召喚の時代とかもランダムだから古い日本文化も残ってるよ」 「それとかですか?」 「これは。さっきも言ったけど、俺が魔王になったからこのスリットが深いだけで普通の鬼人は普通の袴が正装だよ」 俺は柊さんの服装を指差す。 流石に苦笑いを浮かべた柊さんはパチンと指を鳴らした。 すると、目の前に布がバサリと落ちる。 白と緑色の物が重なっていた。 「鬼人の正装は袴なんだけど、神社の神主さんとかの格好が参考にされてるんだって。俺のは例外だけどね。俺は大袈裟な話だけど一応国母だからさ、やっぱり求められれば応えなきゃ国の繁栄に繋がらないからこの格好なんだってさ」 「騙されてますね」 「俺もそう思うけどね。首脳陣に反対されるから仕方がないんだけど、ドラゴンは番に対して独占欲強いから普通の袴に変えられるって期待してるんだよね。今も朝から首脳陣集めてこの正装についての抗議に行ってるよ」 「それは…ご馳走さまです」 「湖くんもそのうち分かるよ。“あの子”も執念深いからね」 俺は一応頷いておいたが、内心柊さんのこの服装じゃなくて良かったとしか思っていない。 俺にもこれを着ろと言われたら断固拒否していただろう。 ほとんど裸同然だし。 内心でそう思いながら俺は柊さんの部屋でエルフさんを待った。 「遅くなりました!もぅ!いつも言ってますけど、なんでアイツが宰相なんてやってるんですか?あの腹黒軟体生物」 「相変わらず2人とも仲良しだね」 「仲良しなんかじゃないです!あんな腹黒軟体生物と仲良くするくらいなら旦那としたいです!」 メイド服のエルフさんが小走りで隣の部屋からやってきた。 手には紐やらなんやら色々と握られている。 手に持っている物を手早く衝立に引っ掻けるとガサゴソと衝立の裏で準備をはじめているが、口が良く回る回る。 「なんやかんや言っても君たち幼馴染みでしょ?昔はよく遊んでたじゃないか」 「確かに子供の頃はエルフの里から人間に拐われて性奴隷にさせられそうになっていたところをこちらの前のメイド長に助けていただいて、同世代があの腹黒軟体動物だけだったのでよく遊びましたが!」 「そうそう。普通の子供らしい遊びをしていたから安心してたんだよ」 「この国の遊びは魔界にしたら普通じゃありませんからね。でも、子孫繁栄は義務ですからね」 「気持ちよくなって子供が増えるなんて素晴らしいよね」 「その通りなんです!!」 衝立越しに会話をする2人に俺は目眩がしそうだった。 子孫繁栄が義務なのはまぁよしとしよう。 国が繁栄するには物理的に人数が増えれば国力も高くなるのは頷けるのでその通りだ。 しかし、気持ちよくなって子供が増えるのが素晴らしいという発言をエルフさんがしていたが柊さんもその発言をするとは思わなかった。 エルフさんの個人的な意見なのかと思っていたが、まさかこの国の総意なのかもしれない。 しかし、その考えは俺には少し理解ができないものがある。 確かに旦那との子供は欲しいが、この身体で産めるのか未だに疑問があった。 確かに柊さんのお腹は膨らんでいて、自身でも妊娠していることを認めているが俺が妊娠に対応した身体なのかは分からない。 それについて旦那はどう思っているのだろうか。 「湖くん?湖くん!」 「は!えっ?」 「準備ができたって」 「あ、はい!」 柊さんに声をかけられ俺は思わず大きな声で返事をしてしまった。 少しの間に考え込んでしまっていたようだ。 柊さんに促され部屋の端へ移動する。 そこにはさっきのエルフさんが居て俺を見てにこりと笑った。 「先程はご挨拶出来ず申し訳ありません。ワタクシ執事長兼メイド長をしておりますハイエルフのユーリと申します」 俺を見て、胸に手を当ててスカートを摘まんでカーテシーをしてくれる。 俺も慌ててペコリと頭を下げた。 「ユーリは子供の頃からこの城に遣えてくれてるんだよ」 「光栄な事に、魔王様の身の回りのお世話もさせていただいています」 「人手不足だから、ユーリには悪いけど色々兼任してもらってるんだ」 「子供達もおりますので大丈夫ですよ。さぁ、あなたも準備をしないと間に合いませんよ!」 先程の気安い感じではなく、きちんとした口調で対応されるとお惑いをかくせない。 エルフのユーリさんは柊さんににこりと笑いかけると、パンッと手を叩いて俺の後ろに回った。 俺をぐいぐいと押して衝立の裏に連れていく。 服を脱ぐように言われ、戸惑っている間にあれよあれよと服を脱がされ襦袢を着せられ色々と着せられていく。 「終わりましたよ」 「あ、ありがとうございます。ユーリさん」 きゅっと紐を結んだ紐の端を整えぽんっと背中を叩かれた。 俺はユーリさんにお礼を言うと、ひとまずきちんとした格好で安心する。 それを感じ取ったのかユーリさんがくすりと笑う。 「まともでびっくりしました?」 「はい。正直言って…」 「そのうちあなたもあの格好見慣れますよ」 声を潜めて声をかけられ俺は思わず頷いてしまった。 クスクスと笑うユーリさんはすぐに見慣れると言うが本当だろうかと首を捻ってしまった。

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