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雪豹の真実⑤
「良かったんですか?」
「良いんだよ、あいつは俺より努力家でしっかりしてるし、何よりあの立場が好きなんだ。だから譲ったんだよ。俺は自由が好きだしな」
城下町が騒がしくなる中、僕らは人々とは逆方向に歩いていた。アキーク達と共に海に出るのなら元々住んでいた家を片付けないと、と思ったのだ。
「ナキ!」
僕の家の前で誰かが手を振っているのが遠くから見えた。ジッと見つめていると正体が分かってきた。
「ロ……タス?ロタス!」
アルシャムスの見張り台に居て砲弾にやられたと思っていた友人のロタスだった。幻かもしれない。けれど、あまりの嬉しさに僕は慌てて彼に駆け寄った。
「無事だったんだね、良かった……」
両手を取ってみると、ちゃんと温もりを持っていてロタスが生きていることを実感することが出来た。僕の顔を見て青色の瞳が細められる。
「心配させてごめんな。見張り台に砲弾が飛んで来た時は死ぬかと思ったけど、なんとか壁の向こう側の木に飛び移って逃れたんだよ。纏っていたのが赤い炎だったから、おかしいなと思ってたんだけど、王がどこかでナキの噂を聞きつけて誘き寄せるために俺を狙ったみたいだ」
「前の王が亡くなってから、アルシャムスがアルカマルに負けることは目に見えていた。ルマンは魔石が扱えなかったからな。だから、予知能力を持ったナキが欲しかったのかもしれない」
いつのまにか僕に追い付いていたアキークが、何故か普通に会話に入ってきた。それにロタスは、どうして王の思惑を知ることが出来たんだろう?
「俺、足を怪我しててさ、ナキ、助けに行けなくてごめん。酷い目に遭ったんだよな?」
「ううん、ロタスが生きていてくれただけで僕は嬉しいよ。でも、どうしてそんなに色んなことに詳しいの?」
「そいつは俺の仲間でモタカーメルの船員だからな。猫じゃらしもそいつのだ」
ロタスに尋ねたはずだったのに、答えたのはアキークだった。
「え!」
驚きのあまり開いた口が塞がらなくなった。でも、船に僕に合う丁度いいサイズの服があったのも納得が行く。
「ロタス、アルカマル側の人間だったの?」
「どちら側は無いかな、何でも屋だからね」
「噂流したのもそいつだ」
なんだか機嫌が悪いのか、ぶっきら棒にアキークが言う。手紙鳥の片方はロタスが受け取ってたんだ。
「ナキ、髪切っちまったんだな。綺麗な長い髪だったのに」
そう言って、ロタスは僕の短くなってしまった襟足の髪に触れた。
「ちゃんとロタスに貰った髪飾りは持ってるよ?」
ずっと持っていた髪飾りを僕はズボンのポケットから取り出した。どうしても城から逃げる時に置いて行くことが出来なかったものだ。もしかしたら、ロタスが生きてることをこの髪飾りが教えてくれていたのかもしれない。
「おい、あんまりベタベタするな。ナキ、お前の家はここか?」
突然、腕を掴まれ僕はアキークに強く引き寄せられた。
「そ、そうですけど……」
「ロタス、お前は先に船に戻ってろ」
「へえ、ふーん、船長、ナキのことが好きなんだー?」
「喧しいぞ!」
豹は獅子のように咆哮はしないと聞いていたけれど、アキークはニヤニヤと笑みを浮かべるロタスに向かってライオンみたいに吼えた。
「おー、こわこわ。それじゃあ、またな、ナキ」
僕が手を振ろうとした時には既にロタスは僕に背を向けていた。アキークは怒ると怖いのだろうか?
「乱暴に掴んで悪かった。俺は外で待ってる」
申し訳なさそうにスッとアキークの手が僕から離れていった。そんなに気にすることはないのに彼は僕と目を合わせてくれない。地面の赤土ばかりに視線が行っている気がする。
「分かりました、急いで片付けてきます」
後で気にしていないと言ったほうが良いのだろうか?と思いながら鍵を開け、扉のノブに手を掛けた時だった。
「やっぱり……」
ぼそりと背後でアキークが呟いた。「はい?」と反射的に後ろを振り返る。
「やっぱり、俺も一緒に入って良いか?」
綺麗な瞳が僕をチラッと見た。急に照れ臭くなる。
「狭いし、何もないので恥ずかしいですけど……、どうぞ」
扉を開けて中に入り、アキークを招いた。他人を自分の部屋に入れるなんてロタス以外で初めてだと思う。僕の部屋はベッドとか必要最低限の物しかなくて、人に見られるのはとても恥ずかしい。
「アキーク?」
部屋に入るなり、アキークは立ち止まって動かなくなった。どうしたのだろうか、と顔を下から覗き込むと真正面を向いたままの彼に「シャワーあるか?」と尋ねられた。一体、どうしたというのだろうか?
「ありますけど、水しか出ないですよ?ア、アキーク!?」
答えたと同時に片腕で抱き上げられ、そのまま奥に連れて行かれた。部屋は寝室を兼ねたリビングルームとバスルームしかない、奥にシャワーがあるということは直ぐに分かったのだろう。
「あの、アキーク?」
何度名前を呼んでも反応が返ってこない。服を着たまま狭いシャワールームに降ろされ、アキークがシャワーの栓を捻った。太陽の国特有のぬるい水が僕ら二人を濡らしていく。そして、僕の肩にアキークが額をつけた。
「……お前から好みの匂いがして敵わん」
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