26 / 30

雪豹の真実④

「その反応……、なるほど嘘ではなかったか」  そう言って王は後ろに剣を放り投げた。カランカランという音がする。  最後まで王は僕を試していた。目の前で誘拐していた海賊を殺し、僕が裏切っていないということを確信したのだ。 「……」  何も言わない、何も言えない、本当は心の中で泣き叫んでいるのに。目の前の男を今すぐにでも、この手で殺してやりたい。けれど、剣は王の後ろに…… 「ナキ、疑って悪かったな。これからも我輩の番として共にこの国を……ぐっ!……な、に……?」  突然のことだった。王の胸から剣の先が突き出し、そのまま膝から崩れるように床に倒れた。ドクドクと音がしそうなほどに切り口から勢い良く血液が流れ出してくる。呆気に取られた兵士達は誰一人として王に駆け寄ろうとはしない。いや、出来ないのだ。剣を握った者は先程まで王の後ろに立っていた甲冑の兵士だったのだから。 「敵に背を向けるなんて、大馬鹿過ぎるだろ?」  ────この声……! 「今、死が二人を分かつ。もうナキはお前の番じゃない」  甲冑が魔石の色に光り、僕を避けて四方八方に飛び散った。粉々になったそれを受けた兵士達が痛みに呻き床に蹲る。敵に攻撃の隙を与えず、甲冑の中から現れた白く気高い毛並みを持つ雪豹は僕を優しく抱き上げた。 「アキーク!」 「ナキ、お前が魔石を持ったままでいてくれて良かった」  アキークにそう言われて、よく見てみると僕の持っている魔石が淡く光っていた。 「自分で自分を見るって少し気味が悪いな」  アキークがそう言うと床に倒れた“もう一人の方”は淡い水色の光となって消えた。魔石で幻を作り出していたなんて全然分からなかった。だって、魔石は僕が…… 「アキーク、どうやってここまで来たんですか?魔石は僕が」  魔石が無ければモタカーメルは動かないはずだ。モタカーメルが動けば、僕より先にアルシャムスに着くことが出来るだろうけど。 「それがな、カムサーに貰ったもんが魔石だったんだよ。今はシャラールに預けて……────来たか」  アキークが言い終わらないうちに騒ぎを聞きつけた獅子の援軍が王の間にぞろぞろと入ってきて、僕らはあっという間に囲まれてしまった。人数にして十数名、二人に対して多過ぎる。僕は全く戦えないし、アキークは僕の持っている魔石以外に武器を持っていない。 「王が倒れたからといって、我々は屈せぬぞ!」 「たかが二人だろう?吊るし首にしてやる!」 「新たなアルシャムス誕生の余興に使ってやろう!」  兵士たちは王が居なくなったことを逆に喜んでいるようにも見えた。 「どうしましょう……」  ギラギラとした多数の瞳に睨みつけられ、僕は委縮し動けなくなった。 「城ごとぶっ壊したら怒るんだろうな」  僕を片腕でしっかり抱きながらアキークはそんな風に呟いた。アルシャムスの王、ルマンは既に死んだはず、ならば誰に? 「いや、大丈夫そうだな」  アキークの言葉に城ごと潰す気なのだろうかと、どきりとしてしまった。けれど、それは僕の勘違いだと直ぐに分かった。急に大勢の足音が聞こえ始めたと思ったら獅子の兵士達を囲うように豹の兵士達が押し掛けて来たのだ。 「今日から、この国は我々の領土となる。異議のある者は掛かって来い。ただし、覚悟せよ、塵と化すぞ?」  兵に混ざり一人だけ風格の違う豹が居た。服の飾りも他の者と格が違う。首から掛けているのは紫色の魔石だろうか。僕はその人の顔を見て、あっと声を洩らしてしまった。雪豹だ、アキークと同じ。ということは、あの人がアルカマルの王様? 「異議は無いな?国中の者を城に集めよ、話をする」  威圧的な言葉と態度に誰も逆らえない。空気が違う。獅子側の兵達も言われた通りに動き出した。既に国が一つになろうとしている、と僕は感じた。 「ハイルと云ってな、俺の弟が国を仕切ってるんだ」  アキークにひっそりと耳打ちをされた。 「え?」  アキークは王族ってこと?弟、ということはアキークは兄で、もしかすると長男なわけで……ダメだ、頭が混乱している。 「色々と指示が来たので、やっと王の職務に就いてくださるのかと思ったのですが、兄上?」  アキークの弟であるハイルさんは難しい顔をして、つかつかと僕らの前にやって来た。  手紙鳥を二羽飛ばした理由が分かった。この人に一通を届けて、アルシャムスに攻撃を仕掛けないようにしていたのだ。だから、ずっと優勢と……。 「お陰で新たな国の領土が手に入っただろう?だが、俺は国の行政にも、王権争いにも、国取り合戦にも興味はない。じゃあな」 「兄上!」  僕を抱えたままハイルさんの横を過ぎ、アキークはアルシャムスの城を後にした。

ともだちにシェアしよう!