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第6話 涙が灯すもの
腕の中で眠るアサの頭を撫でれば大人しく息が吐きだされる。
予期せぬことがこの子には起きたのだ。辛け悲しいはずだ。自分に同じことが起きたらどうするだろうかなど想像もできない。
光に照らされるとツヤツヤと輝くアサの髪は漆黒色で、指を通せばサラサラ流れる。
毎晩のように真夜中を過ぎるとアサはうなされた。
眉間にしわを寄せハラハラと涙を流す。そんなアサの表情に俺の心は妙な脈を打っていた。
「いい子だ、アサ。大丈夫」
俺に背を向けて眠る小さな背中を抱き寄せ、最近彼が覚えた言葉を繰り返す。
「アサ…」
俺が守るからと続けたくて、でも伝わるはずはないかと言葉を飲み込む。代わりに唇をこめかみに寄せ、大丈夫大丈夫と続けた。
きれいな涙だ。
自分でも理解できない気持ちになり、頬を伝うそのしずくに唇を寄せた。
「アサ、いい子だ」
ちゅっと音を立てこめかみに口づけると、アサの表情は落ち着いて行った。
「ハッ」
安堵のため息だったのであろうが、この小さな儚い島の子に魅せられている俺の心を灯すには十分に色づいた息遣いだった。
「ンッ…」
黒髪で隠れていたアサの首筋が、身じろいだことで露わになる。
安心してくれ、ひとりじゃないから、と気持ちを込めて俺は首筋に唇を寄せていった。
くすぐったいのか肩を寄せる小さな身体をぎゅっと包み込むと自分より温かい体温が布越しに伝わる。
アサは、島の人間が着ていたような「キモノ」と呼ばれる服を身に着けて船で発見された。俺たちが着ているような洋服とは違う。美しい生地を前で合わせてベルトのようなもので縛るような服装だ。
同じものをずっと着せておいてはかわいそうだと思ったが、俺たちに比べて身体の小さいアサが着れる服が船に揃っているわけもなく、日中は俺の白いシャツを着てもらっている。
何枚かシャツをあげたつもりだったが、こちらのほうが落ち着くのか、眠るときは自身の着物に身を包むことが多かった。
次の港ではアサの服を買おう。年齢も知らぬ彼の服の好みなど分からない、それ以上に会話もなり立たない状態で買い物など楽しいだろうかと不安になるが、大丈夫だ。
一緒に歩いて目に留まった物を買うだけだ、と俺はなぜか自分に言い聞かせていた。
「大丈夫か、アサ」
動いたことで小さな胸の前で合わされていた襟元がずれたのだろう。顔を見下ろすたびにアサの白い肌に映える桃色の飾りがちらちらと目に入った。
「落ち着け」
ポロっと口から出たのは、自分への忠告だ。
守りたいとここ最近思いだしたこの少年に興奮してどうする。
頭と心は同意しないようで、落ち着け落ち着けと呪文のように繰り返し明日の指示内容を復唱し荒ぶる自身を鎮めた。
何をしているんだ、子供だぞ、と言い聞かせベッドからひとまず出ようとアサの頭が乗る右腕を抜こうと俺は動いた。
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