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第5話 アサの安定剤

 それから数日、「ニール」と名乗った同室者は、仕事の時間以外は僕につきっきりで色々と世話をしてくれていた。  この船にいること、海の上にいて、今どこか異国の地へ向かっているのであろうことに納得したわけではない。言葉が通じない僕だって、今すぐ帰れないことぐらい理解できた。  だからこそ、ここでの生活を楽しまなければと気持ちが前向きになっていた。  船員たちは、みんな持ち場があるようで、僕はできるだけ邪魔にならないように努めた。それでも、僕にできそうなことがあれば身振り手振りで教えてくれやらせてくれる時もあった。  夜になれば、島で家族と並んで使っていた布団よりは、2倍も大きそうな寝床に二人で寝る夜が続いているが、僕より何倍も大きいニールと横になると、くっついて寝なくてはいけないから不思議だ。  「ニール、ケン、ショーン…トマス…」  ここ数日で船員の名前を何とか数人ほど覚えられた。どう頑張っても、教えてもらったように言うのは難しい。何度も何度も教えられ、何度も何度も繰り返す。  練習するしかないなあと、名前さえちゃんと言えない僕は、時間があれば名前の練習をしていた。  「いい子だな、アサ」  「ニール、イイコ」  「はは! ありがとう」  「ア、リガトウ」  名前以外にも覚えた言葉もある。感謝の言葉だったり、あれこれを意味するであろう言葉だ。  異国の言葉を口にするたびに、僕の頭は温かく大きな手で撫でられた。  この温もりは、不安でいっぱいの僕が持つ唯一の安定剤だ。

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