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第4話 ニールと涙の少年

 また泣いているのか。  ここで目を覚ましてからというものアサは泣いていることが多かった。  「言葉が分からないというのは、不便なものだな」  はあっとため息をつく俺に、アサはビクッと小さな体を揺らした。  俺たちの船に迷い込んだアサは俺の部屋で寝泊まりしている。単に部屋が余っていなかっただけの話だ。他の船員たちは、 言葉の通じぬアサに早々と興味を失い俺が面倒を買って出ることとなった。  アサがどうしたかったかは分からない。  いや、家に、あの島国に帰りたいの言わずともわかることだが。 「アサ、大丈夫だ」  怖がらせないようにベッドに膝を抱え座るアサの前に俺は跪いた。  ゆっくりと開いたその瞳は、涙に濡れキラキラと輝いている。  「俺がいるから、大丈夫だ」  言葉は通じなくてもゆっくりと言えば気持ちは伝わるかもしれない。  そっとアサの頭をなで、目元の涙を拭うと、黒い眼が俺を見上げていた。  「っ!」  涙に濡れる赤くなった目元、吸い込まれるような黒い瞳、白い肌に映える桃色の頬。  陶器の人形のような少年は、泣いたことで色づき、俺の心を踊らせた。  「お前の髪は黒く美しいな」  指先で掬うと直毛の黒髪がサラサラと落ちていく。  「ン…」  俺の手から伝わる温もりが気持ちいのか、アサはゆっくりと目を閉じ気持ちよさそうに息を漏らした。  「いい子だな」  驚かさないように、ゆっくりとアサを包むように背後に座る。  いつもは、荒くれた男ばかりの船で生活している身だ。慎重にゆっくりと気を遣うなんてことをしたのはいつ振りだろう。  未だにきれいな涙をハラハラ流すアサを落ち着かせるつもりで抱擁しても、強く抱きすぎて、壊してしまうのではないかと心中どきどきしていた。  「いい子だ」  足の間に座るアサの腕を俺はゆっくりと撫でた。  「…イイコ…?」  小さな震える声でアサは俺が何度も何度もつぶやくその言葉を復唱した。  「そうだ、い・い・こ。お前のことだ」  「オ…マエ…?」  「いや、ちがう。それは覚えなくてもいいな。アサ、いい子だ」  「イイコ…」  何度かこのやり取りを繰り返した後、アサは母国語で何かをつぶやいてくれたが、俺には分かりっこなかった。   船の修理に何か月とあの島国にいたんだ。ちょっとそっとは言葉を習えば良かったな。  後悔してももう遅い。俺はアサの言葉を知らないし、アサは俺の言葉を知らない。気が遠くなりそうだが、ゼロから始めなくてはいけない運命なのだろう。

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