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第12話 手放す勇気
「ニール、ス…キ」
そう言って伸ばされた手は俺の胸へとあてられた。恥ずかしそうに微笑むアサは耳まで赤くしている。
彼が言っているのが、好きという言葉なら、何を意味するものだろう。「好き」にも色々な意味があって、料理をしながらケンに言葉を教わるアサが言ってくれた言葉なら、深い意味はないのではないかと頭に過る。
「同じだ、アサ」
「オ、ナ、ジ?」
「そうだ。俺も好きだ亅
親愛感を感じてくれているなら、それは俺もだ。
毎日泣きながらも、少しずつ落ち着きを見せてきたこの少年は、俺にとってかけがえのない存在にとなっていた。
アサの「好き」が何を意味するかは分からないが、お互い「好き」なのは変わりない。
「ン、エヘへ」
うつむいて顔が隠れるアサの耳は未だに真っ赤だ。
「いい子だな」
ぎゅっと両腕で包むと、アサは顔を俺の胸に隠した。
何を感じて、何を考えているのだろう。言いたいことがたくさんこの小さな少年には溜まっているはずだ。
国に帰りたいか?と何度か聞いたことがあったが、意味が通じず、首を傾げられるだけだった。
国に帰したほうが良いのだろうか。アサは、帰りたいのだろうか。帰りたいだろうな、俺なら家族の元に帰りたくなるはずだ。
一人の少年のために船を転回させ、来た道を戻るわけにはいかなかった。この船は計画通り進まなくてはいけない。アサを帰すには、あの島国へ向かう船を見つけアサを託すしかなかった。
もし、そんな船に巡り合うことが出来たら、俺はこの子を手放すことができるだろうか。
未だに腕の中で火照る顔を隠すアサの髪をいじりながら俺は思い耽った。
アサの「好き」の真相を解く術もなく同じ船で生活を共にしていることもあり、嫌われているよりはどんな意味であれ好かれている方が良いかと俺は結論づけた。
俺たちが乗るこの船は二日後に食料品や燃料の調達のために、とある寄港地に停泊する予定だ。
到着が近づくにつれ、当直の時間以外にも他の船員たちと予定の確認をしたり、調整をしたりと、アサと過ごせる時間が減っていく。
「アサ、一人で大丈夫か?」
「ウン、ダイジョ、ブ」
どんどんと言葉を覚えるアサに頬が緩む。
「おい、ケン。今休憩中か?アサと一緒にいてくれないか?ショーンと会議をしなくちゃいけないんだ」
「オッケー。アサ、何しよっか? トランプする? 勉強する? あ、お菓子食べる? 僕の部屋来る?」
「ン? ン?」
「そんな一気に言って分かるわけないだろ」
「あはは、そうだよね。ごめんごめん。アサ、おいで」
騒がしいケンがアサを連れて行くと、辺りが冷静さを取り戻した気がした。
「よし、ショーン。次の停泊のことだが…」
温かいまなざしでケンとアサを追っていたショーンはこちらを振り向くと、二コリと笑った。
「アサは可愛いですね」
「手を出すなよ」
「あなたが言えたことですか? 」
「何のことだ?」
「私だけが思っているわけではないってことです。気を付けないと。誰が悪さするか分からないですよ」
突然ゾッと周りの空気が冷えたように感じた。
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