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第13話 アサに迫り寄る影

 「ケン、コレ…スキ…アゲル」  この船で生活を始めてまだ日が浅いけど、異国の言葉をいくつか覚え始めた。会話ができるほど話せるわけじゃないけど、少しなんとか意思疎通できるようになっていたと思う。  ほとんどが指をさして単語を言うってくらいだけど、それでも何もわからなかった頃に比べればましになってきたはず。未だに、会話に参加できないし、話しかけられても通じないから話し相手が諦めてため息をつくこともある…たまに気まずい思いをするけど、今、僕の目の前で必死に何かをお喋りしているケンは別だった。  ケンはこの船の厨房で働く男の子だ。この船に乗っていること、家に帰れないことを受け入れてから、僕は何もしない日々を送るのはもったいないと思いだした。  それでも、言葉の通じない僕に難しいことができるはずもなく、手伝えることと言えば料理くらいだったから、僕はほぼ毎日ケンの働く厨房で過ごしていた。  一緒に働きながら、ケンは毎日ちょっとずつ言葉を教えてくれる。教えてもらったばかりの数字で歳を聞いたら、18歳って言っていたから、多分、他の船員たちより僕と歳が近いはずだ。  年が近いせいか人懐っこい性格なのか彼だけは、ニールがいなくても僕がほっとできる存在になっていた。フワフワの髪の毛と健康的な肌色、大きな笑顔が目印のケンは、この船で唯一友達と思えるくらい気を許せる人だ。  僕は、午前中に厨房で作った茶菓子をケンに差し出した。確かこれは「ビスケット」っていうお菓子だったと思う。受け取ったビスケットを片手に微笑むと、ケンはあっと声を上げ立ち上がり、早口で何かを言うと走って自室へと駆け出して行ってしまった。 「オチャ? スグ、モド、ル?」  頭を巡らせ、今言われた言葉の意味を思い出そうと必死になっていた僕は、背後に迫っている影に気づかなかった。

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