57 / 209

第57話 アサの想い

――あれ? 気が付けば僕は天井を見つめていた。 壊れてしまうんじゃないかというくらい僕の体に打ち付けられていたニールの熱は感じられない。それでも、体内にまだいるみたいな不思議な感覚が残っている。 頭も体もぼーっとする。 この気怠さで僕は先ほどまでのことを思い出していた。 「ニール…」 野獣のような瞳を宿した彼が僕を見つめていたのは覚えている。 その後、あまりもの快感に意識が薄れ記憶は曖昧としていた。 話さなきゃ。 そう、部屋に戻ってきてから、ニールは話す機会を与えてくれなかった。 与えられる刺激に喜び僕自身も話すどころではなかった。 ガチャリと音を立てて開いた扉から静かに入ってきたニールの両手にはお鍋が抱えられていた。 「起きたか、アサ?」 「ウ、ン…アッ!」 起き上がろうとしたはずなのに、背中が言うことを聞いてくれない。 「大丈夫だ。そのままで」 「…ン」 「ケンがポリッジを作ってくれた」 「…ポ、ルッジ?」 「はは!惜しいな。ポ・リッ・ジ、だ」 「ポ…リ…ジ…」 「そんなとこだ」 目の前で微笑むニールの笑顔がいつもと違う。 いつもなら目の端にしわが寄るほどにクシャっと笑うのに。 口角だけを器用に上げて表情を変え、乾いた声色で笑い声をあげた彼に僕の心はぎゅっと痛んだ。 小さなお椀によそわれた『ポリジ』はお粥に似ている。 柔らかそうなそれは本調子ではない僕にちょうど良さそうだ。 ケンが僕のことを考えて作ってくれたんだ。 兄弟のように僕の面倒を見てくれる友人を想うと目の奥がツンと痛くなる。 「ほら、起き上がれるか?」 背中の後ろに置いてくれた枕のおかげでなんとか起き上がると、お椀から揺れる湯気が僕の顔を温めた。 「オイ、シ、イ」 「ああ、少し甘いな」 「ア、マイ…」 「ハチミツのように甘いだろう?」 「アマ、イ…」 麦と牛乳の味が舌に広がった。 心を温めるような甘さは蜂蜜のようだが、慣れ親しんだ味とは少し違う気がする。 横に座るニールの体温が服を通して伝わってきた。 いつだって僕を安心させてくれるその体温だが、今は逆効果。 なぜだかバクバクと音を立てだした心臓が忙しなく動いていた。 どうしよう。 話さなきゃ。 帰りたいのか分からない、でも帰らなきゃいけない気がするんだって。 どう説明すればいいんだろう。 「ニー、ル…ボ、ク…、アシタ」 「ん?明日、帰るのだろう?」 「ン……」 そうだ、この人は僕が帰ると決断したと思い、「最後の思い出」として僕を抱いたのだろう。 別れを言う準備を、ニールはしているんだ。 僕は、どうしたいんだろう。 なぜ、まだ悩んでいるんだ? 「ボク…ボ、ク…」 知る限りの言葉を全て使い説明しなくちゃと口を開いても、出てくるのは涙だけだった。 ダメだ、これでは伝わらない。 「アサ、大丈夫だ。お前は強い子だ」

ともだちにシェアしよう!